『椿の木の下で』
※ネタばれ含む
これが最終話。ねのくにとはまた違った意味で恐ろしさのあるお話でした。
物語は須和野家が弱った猫を拾って看病するところから始まります。チビ猫よりも少しだけ年上、でもまだ少女の猫です。
傷ついた猫の世話で、須和野家の人々はチビ猫をないがしろにするようになります。
猫は茶色の点々模様だから「点茶」と呼ばれるようになります。「チビ」よりもいい名前なんじゃないかとチビ猫はちょっともやもやし始めます。
これも、点茶が元気になるまでの話だと思うチビ猫ですが、点茶は一向に元気になる様子がありません。
須和野一家は相変わらずチビ猫をほうったらかしで、点茶の世話ばかりでチビ猫は面白くありません。
自分が独り占めしていた愛情が、別の誰かに奪われてしまう、チビ猫がかわいそうでなりませんでした。
いぶかしがり点茶の様子をチェックしていたチビ猫を、点茶がひっかきます。点茶が元気なことに気が付き怒るチビ猫。が、時夫が止めに入ります。チビ猫は点茶にひっかかれたことを時夫に訴えますが、時夫は気づきません。それどころか点茶の味方をするのです。
「しんせつってなんだっけ?」(時夫)
理不尽な叱責に不満を持つチビ猫。
この話は終始、点茶の悪行と須和野家の誤解でフラストレーションと絶望の募っていく話で、チビ猫と同じ怒りや絶望を感じながら読みました。
その後も、点茶はテーブルをぐちゃぐちゃにしたり、お父さんの大切な原稿をぐちゃぐちゃにしたりと、悪行を働いてはチビ猫に罪をかぶせ、自分は弱ったふりを続けるのです。
現実にも起こりそうな話なのが恐ろしいです。濡れ衣を着せられ、信頼している家族も誰も自分を信じてくれない……こんな絶望はありません。想像するだけで怖いです。
そして、最悪なことに、悪さをするチビ猫を一時的に誰かに預かってもらうという話まで出てきます。
みつあみの場合は人間だからあきらめる
でも猫では 猫の中では時夫はあたしを一番すきでなくてはいやなんだ
傷ついたチビ猫は、野良猫たちに問いかけます。
「のら猫 あたしのことすきィ」
「なんだべ急に」「きらいなわけなかんべさー」(野良猫たち)
「そのすきっていうのはふつうのすきじゃなくて世界で一番すきってこと!?」
グリンにも通じる、切ない問いかけです。誰だって自分が一番愛されたいと思うものです。
「そおだよぉ おれたちゃ総てが世界で一番すきなのさ 二番目あんてありゃしない」
高尚な野良猫哲学を聞かされますが、チビ猫にはいまいち理解ができませんでした。
一方で、点茶の独白。点茶も時夫のことが大好きになった様子です。自分の宝物にしている爪の抜け殻を時夫にあげたいと思っています。猫の乙女心が滑稽だけどかわいらしいです。
チビ猫は時夫が点茶ばかりかばい、自分をよその家に預けようとしていることにとても傷つきます。
お母さんも時夫もなんにもわからないわかってない
なぜわからないかというとわからなくてもいいと思ってるから
なぜわからなくてもいいかというと もうどうでもいいから
もうどうでもいいってことは もうきらいだから 虫(無視)されたから
もうあたしは虫(無視)になったんだ
もうだれも あたしをきらいなんだ
あたしだって時夫がきらいだ
世界中のもの全部より点茶より
時夫のがきらいだ
チビ猫がかわいそうで涙が出てきます。
大好きだからこそ信じていたからこそ裏切られたときにこたえるんですよね。
その後、チビ猫は近所の上品なマダムに拾われ、家でご飯をもらいます。「なんてかわいいの」と言われ、「かわいいってすきってことよね」と、張り切っておなかがいっぱいになるまでご飯を食べてしまいます。けなげです。
しかし、おなかを壊したチビ猫がトイレを漏らしてしまった途端、マダムの態度は豹変します。鬼の形相となり、チビ猫は追い出され須和野お母さんに引き取られていきました。
動物を生きたぬいぐるみ程度にしか思っていない、こんな人実際にいそうでいやだなと思いました。
最終的にチビ猫はバスケットに閉じ込められ、預かり先が引き取りに来るのを待つこととなります。そのとき、時夫と預かり人の会話を聞かされます。チビ猫をあずかるのもいいけどもらってもいいと相手が言っていること。それを即答で時夫は断ったこと。
「たとえチビ猫がいじめっこでも点茶が元気になったら その時点でチビをむかえに行く 何年かかろうとたとえ老猫になったとしてもむかえに行くからって言った」
絶望的な展開が続いた分、この台詞には思わず泣けました。
チビ猫はやっぱり時夫とお母さんが好きだと再認識します。
しかし、バスケットに点茶が近づいてきます。そして「自分がこの家のひとりっ猫になりたい」と宣戦布告。
点茶はお母さんを人質にとることで、チビ猫に預かり先から二度と帰ってこないことを約束させます。
点茶は今まで、五所帯で拾われ五回とも捨てられたとのこと……そう聞くと彼女にも同情してしまいますが、チビ猫にとってはたまったものではありません。
いよいよ、預かる相手が家に来たとき――連れて行ったのはチビ猫ではなく点茶でした。
須和野一家は点茶がいたずらの犯人だったことに気が付いたのです。
元気かどうかたしかめるため、時夫に呼ばれた点茶。それが身をほろぼすとも知らず、満面の笑みでダッシュしてきます。
「ときお!! ときお大すき!!」
なんだか点茶が少しかわいそうになりますね。
自分は相手にもらわれていくのだと悟った点茶は、おとなしくなり須和野家を離れることを受け入れます。時夫に声をかけられても顔をあげないところが、彼女の精一杯を感じて切なくなります。
すべてが済んだあと、時夫はチビ猫に「ごめんな」と謝ります。この一言ですべてが救われたと思いました。
そして、チビ猫は夢の中で、もらわれた先でまるまると太って元気そうにしている点茶を見るのでした。
貰っていた人は優しそうな人だったので、きっと現実になるでしょう。
子供心にあまりにも恐ろしい話で、どんなホラー漫画よりも怖かったです。
こんなことが自分の身におきたとき、きちんと無実を証明できるだろうかと思いました。
これで最終回ですが、最終回にはラフィエルが一切出てこなかったのはちょっとだけ寂しい感じがしました。
↓他の話の感想↓(◎お気に入り)
(単行本の一巻を持っていないので『ピップ・パップ・ギー』以降の話となります) 『綿の国星』 ◎
『ピップ・パップ・ギー』『日曜日にリンス』 『苺苺苺苺バイバイマイマイ』◎
『八十八夜』『葡萄夜』
『毛糸弦』◎
『夜は瞬膜の此方』『猫草』
『かいかい』『ド・シー』『ペーパーサンド』
『チャーコールグレー』◎ 『晴れたら金の鈴』
『お月様の糞』◎
『ばら科』
『ギャザー』◎
『ねのくに』
『椿の木の下で』◎
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