『お月様の糞』
※ネタばれ含む
お隣の百済さんが好きで、百済さんちの猫になりたくて猫の真似をする歌音。歌音の気持ちに気づいていながら年齢差などいろいろな問題から目をそらし続けている百済。いなくなった百済の猫・フンはどうなってしまったのか?
――とてもとても、身を切るように切ない話ながら、最後には希望もあって胸に来ます。
かなり印象に残っている話であり、好きな話です。
チビ猫は散歩中に、ハンバーガーを持った男の人に出会います。男の人・百済さんの家でハンバーガーを分けてもらいながら、百済さんの飼っていたいなくなった猫・フンについて知らないか尋ねられます(もちろん、百済も本気で猫に質問しているわけではありませんが)。
フンは元野良猫で、離婚したてだった百済が連れてきて半年ほど一緒に暮らした猫だそうです。年はもう大人の野良猫だったそうです。そしてある日突然いなくなり、一年が過ぎたところだという話でした。チビ猫はまだ生まれていないころの話で、当然わかりません。
そんな話をしていると、お隣の女子中学生・歌音が遊びに来ます。歌音はチビ猫をみるやいなや、猫踊りをさせて遊んだりとちょっと蓮っ葉な女の子です。
「歌音は今 とつぜんだれかに強引に手をとられて猫踊りってやられたら屈辱だと思わないか?」
とたしなめる百済。こういうときに猫の気持ちになってたしなめられるって立派だと思います。自分はどちらかといえば一緒に猫踊りさせてしまいそうです……。
これに対する歌音の返答がまたすごい。
「百済さんなら猫踊りだってアイズバンダイサンだって踊るよあたし」
そして輪廻転生の話を百済に聞かせます。百済さんたち世代の人は第二次世界大戦で死んだ兵士や女子供なのではないかと。
「親類のおじ達もその世代の人って共通したとこあるよ みーんな臆病でやさしい」
そんな小生意気なことを言っていたかと思うと、カバンからかわいらしい包みに入ったマドレーヌを取り出してみたり。
でも百済さんは受け取ってくれません。一瞬、悲しそうな顔をする歌音。
「わたし百済さんの義理でものをもらわないところ好きだな」
とまた、減らず口をたたきつつも、内心では(百済さんがリボン解くとこみたかったよ)と。この独白ひとつで生意気な少女の乙女心が伝わってきて胸が切なくなります。
歌音が家に帰った後、百済はチビ猫に歌音との関係を話します。高校生の時に隣で産声を聞いて。大学生の時におんぶして抱っこして遊んで。そして歌音が中学生になった年の秋、その恋心に気が付いて。でも百済さんにはその気持ちにこたえることができません。相手はまだ中学生だし、年の差もあるし、自分はバツイチだし……。
子供のころに読んだときは「どうでもいいじゃん付き合っちゃえばいいじゃん」と思っていたけど、大人になって読むと、そう簡単にいかないのがよくわかります。なんてったって中学生ですからね。
しかも赤ちゃんのころから知っている相手です。簡単に気持ちの切り替えはできないでしょう。
そして、チビ猫と一緒に買い物に出かける百済。無理やり母親にお使いを頼んでもらいついてくる歌音。後をついて回るチビ猫に、歌音はフンに似ているといいます。百済はフンとチビ猫の違い(フンの思い出話)を話します。それはもう何度も何度も歌音に話したことでした。
この道中で、百済はもう自分は結婚する気がないこと、もうしばらくしたら新しい猫をもらって猫と暮らすことを話します。歌音は間接的に振られたのです。
百済がチビ猫と酒盛りをしている一方で、歌音はお酒を飲んで屋根から飛び降りて死のうとしていました。が、死ぬことはできず。それどころか怪我ひとつなく。なんつうコメディと自虐します。
「屋根から落ちてけががないとは猫並みですねー」
という百済の言葉を受けて、歌音は猫になることをを決心します。猫になれば百済さんと一緒に暮らせると。
むちゃくちゃな……という感じはしますが、中学生くらいならやるかなと思いました。そしてそれだけ百済さんが好きなのだと思うと歌音の奇行をとてもバカにはできません。
酔っぱらったまま外で寝たチビ猫は、翌日、百済の家に行きます。そこで歌音が家出したと騒ぎになっていることを知るのです。
「フンのように姿をかくしてしまうつもりかあいつ!!」
と考えながら必死で探す準備をしている百済さん。
しかし、歌音はなんと百済さんの家の庭で丸まって寝ていたのでした。人騒がせな! と百済は当然怒りますが、その後も歌音の奇行は止まりません。
猫のように四つん這いでご飯を食べ、服を舐め、目もすわり……両親も困惑しています。
歌音はチビ猫と出かけ、猫として生きる訓練を受けます(チビ猫は訓練をよくしたりされたりしますね)。チビ猫と心を通わせ、歌音は初めて、猫踊りをしたことを謝りました。チビ猫は歌音の顔を舐めてあげました。
そんな中、歌音の親は霊媒師を連れてくるに至りました。霊媒師曰く、猫の霊が憑依していると。これには歌音もまいります。なにせ自分の意志でやっていることなのだから。
が、霊媒師の話を聞いているうち、歌音の心境は一変します。歌音の両親も、百済も知らない事実が出てきたのです。
歌音に憑依しているのは、死んだ野良猫だと。茶色の毛並で、名前は「糞(フン)」と……。フンは死に、百済の家の地下に埋まっているのだというのです。この家を取り壊して供養すれば成仏すると……。
それを聞き、ハラハラと泣き始める歌音。そして、フンを殺し、庭に埋めたのだと告白します。百済さんに飼われているフンが憎かった、遊んでいて悔しくなって首を絞めてしまったと。そんなに強く絞めていないのに、フンは動かなくなってしまったのだと……。
百済さんに嫌われることを覚悟の、本気の本音の告白でした。
それを聞いた百済。フンを飼ったのは、フンが好きだったからなのは事実。でもそれ以上に、歌音の真剣さから逃げ出したかったという自分の気持ちに気が付きます。
そして、歌音が大人になったらプロポーズすると。
百済に抱きしめられる歌音が、チビ猫には一瞬本物の猫に見えました。
野良猫たちは噂します。
「ほら一年前のフンさ 死んでたって」
「あのフンが 姿みえないと思ったら」
「コックリ死んだって言うよ 女の子の手の中でさ」
「そりゃ自然死じゃねーか」
「自然死だね」
「しっかしまあ葬られた所がいいさ 陽あたりのいい裏庭だってさ」
「長いことのら猫やってて飼い猫になれたのもキセキみたいだ」
「半年間フンは幸福だったべ」
「んだ してみるとその憑依現象もフンのはからいのような気がしねべか」
陽あたりのいい裏庭に埋めてあげたこと。一緒に遊んでいたこと。歌音だってフンのことは好きだったのでしょう。フンもきっと。
自然死であり歌音が殺したわけではない(かもしれない)こと、フンのはからいで百済は素直になれ歌音の恋は成就したこと。
悲しい話ながら、最後に救いがあってそのあたたかさが胸にじわりとしみこんできます。
忘れられない一作です。
↓他の話の感想↓(◎お気に入り)
(単行本の一巻を持っていないので『ピップ・パップ・ギー』以降の話となります) 『綿の国星』 ◎
『ピップ・パップ・ギー』『日曜日にリンス』 『苺苺苺苺バイバイマイマイ』◎
『八十八夜』『葡萄夜』
『毛糸弦』◎
『夜は瞬膜の此方』『猫草』
『かいかい』『ド・シー』『ペーパーサンド』
『チャーコールグレー』◎ 『晴れたら金の鈴』
『お月様の糞』◎
『ばら科』
『ギャザー』◎
『ねのくに』
『椿の木の下で』◎
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