『ギャザー』
※ネタばれ含む
綿の国星の中でも、かなり好きな話です。
性格の正反対な双子猫のお話。グリンは気が強く少しやさぐれていて、モルドはおしとやかで落ち着いています。これは表面上の話で、グリンはとても繊細で女の子らしい一面があるし、モルドもその心の中に屈折したものを持っている様子。
双子ゆえに常に比べられる立場の二匹。グリンのモルドへの対抗意識が痛いほどに伝わってきます。グリン目線で描かれているからグリンにかなり感情移入して読んでしまいますが、モルドもきっとたくさん複雑な想いを抱えていたんだろうなと思います。最後にはグリンもモルドの飼い主への愛情の大きさを認めているほどですから。
一番好きって思われたい、そういう気持ちはよくわかります。けれどこういう人は愛情をいくらもらっても足りないのです。砂漠に水がしみこんでいくように、もっともっととほしがり際限などないのです。だからこそ苦悩するのです。
双子の姉妹猫、グリンとモルドの前に、トラマルという青年が求愛に現れます。どちらが好きなのかと問うグリンに、二人とも好きなのだと答えるトラマル。
それはグリンにとっては地獄のような回答でした。
大好きな年老いた飼い主は、双子猫を等しくなで等しく愛します。グリンは(おそらくモルドも)自分の方が飼い主を愛していると思っています。
「ああ あたしがどんなにあなたを愛しているか どうやったらわかってもらえるだろう」(グリン)
グリンの気持ちが痛いほど伝わる独白です。
トラマルの恋の件は、時間を空けた後にもう一度回答を聞くという形で落ち着いていました。
そして、約束の時間に現場に行ったところ、先に来たモルドがトラマルとこそこそ話をしているではありませんか。自分の悪口を吹き込まれたのではとカッとするグリン。それは違うというトラマル。
「モ モルドは 君を好きになってくれって言ったんだ 君はウツ病ぎみだから好きだと言えば元気でるだろうって」
そして「ぼくはそれをきいて……モルドがやさしくてすきだと思った」と。
グリンのプライドはぼろぼろになってしまいます。
グリンはその場を立ち去り、モルドとトラマルは二人でデートすることになるのですが……トラマルは残念そうに「グリンは行っちゃうのか」というのです。これにはモルドのプライドにもひびが入る音がします。猫だから許されるけど人間ならとんだ優柔不断のクズ男ですねトラマルは!
そしてデート中、トラマルはモルドにカーテンの話をします。
「ド…ドレープっていうのが…カーテンをよせるとできるだろ」
ドレープだなんて人間様の私すら知らないおしゃれな言葉を使いますねこの猫。
「そいでぼくドレープって…君等だなって思ったんだ」
「……」(モルド)
「君等が並んで歩くとき止まって座るとき ドレープだな…ってさ」
モルドにとってこの話は楽しい話ではありませんでした。楽しくないであろう表現が、グリンのように直接的ではない部分に、素直に感情を表に出せないモルドの性格が表れています。最初読んだときはグリンに感情移入して、グリンの気持ちばかり考えていたけれど、モルドもかわいそうだなと今は思えます。グリンと同じ苦悩を飲み込み受け入れて生きるのはどれほど大変だったでしょう。
グリンがチビ猫相手にプロレスで一しきり暴れたあと、家に帰ってみると、なんだか騒がしい様子でした。飼い主が倒れたというのです。第一発見者は先に帰っていたモルドでした。モルドが近所の人を呼んで飼い主を助けたのです。
そして、戻ってきたグリンに一言。
「今 入らないで医者がきてる たいしたことないわ心配しないで 少し安静にするだけだから」
まるで身内外のような扱いをされて、グリンは悔し涙を流します。
「あんただけがいつ飼い主の身内になったの!?」
自分も相手の特別な存在だと思っているのに、そうではないと宣告されたような気持ち。ものすごくやり切れないのがよくわかります。
他人には可愛げのない気の強いグリンが、飼い主には「は はやくはやくよくなってね」と涙をぬぐいながら声を絞り出すところがかわいいです。
そしてモルドに対する悔しさを募らせます。
「モルドをけいべつしたい なんでもいいから理由をみつけてけいべつしたい」
自分より先に飼い主を見つけたこと。一人だけ身内面されたこと。嫉妬と憎悪。そういう心情は誰でも経験したことがあるかもしれません。
その後、モルドの様子がおかしくなり、グリンは自分の考えたことを後悔します。「けいべつてそんなに心良いもんじゃない あたしの心もくるしくなる」子供心にこの言葉は胸に刺さりました。覚えておきたい言葉です。
ほどなくしてグリンも様子がおかしくなります。二人がおかしくなったのは、発情期が来たからなのでした。人間の姿なのにこの辺りは生々しいです。
おばあさんの要請で、モルドとグリンは別々の部屋に分けられました。そして、部屋には自分と同じ種類の一匹の雄猫が入れられたのです。
グリンは拒絶します。その様子を見ながらキザな風貌の雄猫はいうのです。「最初はだれもが拒絶するけどね しかしこういう断り方っていうのはあったかね」
「あんたの断り方っていうのが 一番好きだよ」
一番すき
一番すき
一番すき
そのことばだけ一日中再生した
二日目にことばはくりかえしすぎて
音だけのこして意味不明になった
グリンが最もほしかった言葉をその雄猫はくれました。
その後、部屋を出されたグリンは人間たちの会話を耳にします。
「さぞかわいい子猫がそろうでしょうね そっくりの母猫二匹に両方共通の父親猫」
一番すきという言葉はグリンにとって一番ほしかった言葉。大切な意味のある言葉なのに、相手はモルドとも……。グリンは激しいショックを受けます。
しかしモルドは違いました。部屋から出てきたモルドはにっこりとした笑顔を浮かべていたのです。そのことが余計にグリンにショックを与えます。
「一番好き」の「一番」はあの笑みにくらべたら チリも同然ではないか
外に出て、トラマルとしぶしぶデートしているモルドに、グリンは意地悪で「あっちで恋人が呼んでる」と嘘をつきます。モルドは頬を染めて走っていきます。
一人取り残されるトラマル。こんな状況でも怒ることができないトラマルは本当にヘタレで、でも優しい性格なんだろうなと思います。
このあと、チビ猫に「一緒に女子プロやらないか」と誘われますが「ボク、女子プロはできないと思うんだ……」「えーなんでー」「男子だから」のやりとりが面白いです。
グリンはというと、チビ猫にプロレスで八つ当たりしまくります。その後は家に帰らず野良猫になろうと決意しうろうろしますが、贅沢になれていて結局はなれず。家に帰るのでした。
家に帰ると、飼い主が亡くなっていました。
先に帰っていたモルドが飼い主のそばで泣いています。グリンは死に目に遭うことができなかったのです。
悲しむ暇もなく、人間たちの間ではグリンとモルドを今後どうするかという話が始まります。
そして、飼い主と一緒に逝かせたほうが幸せだという結論になり、二匹は安楽死させられるという話になります。
それを聞き、モルドは一目散に逃げました。グリンは逃げませんでした。
「あたしモルドに勝ったと思うな」
グリンは安楽死することを選びます。これでやっと自分の方が飼い主を愛していると証明できると。上記の一言にグリンのいろいろな感情がすべて込められています。
飼い主はそんなことを望んでいないと、必死に説得するモルドやチビ猫やトラマル。それでもグリンの意志は動きません。最終的にはトラマルと取っ組み合いになり、屋根から落ちて気絶してしまいます。
気絶したトラマルとグリンを手当てした獣医は、安楽死させる前に貰い手を探したことをいいます。そして幸いにも見つかったと。いい獣医さんですね。
ですが、貰われる先は、一方は北海道。一方は沖縄という遠距離。二匹は離れ離れになってしまうという現実がつきつけられました。
グリンにトラマルは言います。やっぱり二人一緒が好きなのだと。
グリンとモルドはトラマルの意見を採用し、屋敷を逃げて野良猫になることを決意しました。
そして、飼い主亡きあとにはモルドは飼い主そっくりになってグリンの世話をやくようになります。
グリンもろとも愛していたモルドは、やっぱりずっとずっと飼い主を愛してたのかもしれません。
けれど愛することに形はないから、グリンが飼い主を心から好きだったならば、そんなふうにモルドと比べることはしなくていいんじゃないかと思いました。
トラマルはグリンに言いました。
「どっちが死んでもこまるし はなればなれになってもこまるんだ……」
一度はモルドを選んだように見えたトラマルの、どちらが欠けても困るしどちらも好きなのだという言葉は、グリンにとっては大きな救いになったと思います。どちらが上なんて考える必要はない。二匹とも等しく素晴らしく、等しくなくてはならない存在。誰かと自分を比較して愛情に飢えている、すべての人の救いになるラストだと思います。
ペットより先に死んだらどうなるか、安楽死させることの是非など、現代における猫の環境についても考えさせられる内容でした。
↓他の話の感想↓(◎お気に入り)
(単行本の一巻を持っていないので『ピップ・パップ・ギー』以降の話となります) 『綿の国星』 ◎
『ピップ・パップ・ギー』『日曜日にリンス』 『苺苺苺苺バイバイマイマイ』◎
『八十八夜』『葡萄夜』
『毛糸弦』◎
『夜は瞬膜の此方』『猫草』
『かいかい』『ド・シー』『ペーパーサンド』
『チャーコールグレー』◎ 『晴れたら金の鈴』
『お月様の糞』◎
『ばら科』
『ギャザー』◎
『ねのくに』
『椿の木の下で』◎
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