『六三四の剣』〜「剣を捨てる、そして」編〜
1981年発表(日本)
著作、村上もとか
※イメージ画
※ネタばれ含む
六三四(むさし)という少年が剣道を極める王道スポ根漫画。
岩手の虎・夏木栄一郎と、東北の鬼ユリ・佳代という剣道夫婦の間に生まれた六三四が、剣道家として成長していく過程を描いた大河漫画。
〜ダークサイド時代〜
父の死後、六三四は教師をしている母親の仕事の関係で、盛岡を離れることになります。ここで一旦、もなみちゃんや子分だった2学年上の魚戸オサムとお別れをします。
同時に六三四は、剣道をやめてしまいます。
「もう一度稽古しよう」と渡された竹刀を「ガラーン」と地面に落とすところはショッキングです。
竹刀を落とす、ただそれだけのことをこれだけ衝撃的に描けるところはさすがだと思います。
このころの六三四は、スキーにはまっており、それなりに楽しく学校生活を送っているように見えます。
しかし、明るい姿とは裏腹に、ダークサイドに落ちていました。
ひそかに「突き」の練習を樹木相手に行っていたのです。すべては、東堂国彦に「突き」をくらわし、かたき討ちをするために……!
試合の事故であり、国彦も決して栄一郎を殺したかったわけではないのに……恨み、復讐に燃える姿は恐怖すら覚えました。
でも、「私が父を殺した」なんて言って、誤解をあおる国彦も悪いよね。この人はなぜ、こうも誤解されるような行動ばかりとるのか。
国彦は厳しく冷酷なイメージですが、手袋を片方なくした修羅の手を、自分のポケットに入れて「これで寒くないだろう」と言うところとか、ちゃんと人の親らしい振る舞いがあるところが好感が持てます。
東堂父も作中ではかなり好きなキャラクターです。
国彦と勝負をするために、こっそり奈良へ行く六三四。
しかし、国彦の目力に押されて、動くことすらできなくなります。
ちなみに、この時の国彦と乾は同じ目であり、六三四は乾の目つきにも恐怖しています。乾さんは壮絶な過去の結果、死をまとった暗い目つきになってしまったキャラクターです。その乾と同じ目つきとか……東堂父の心の闇が気になります。
「突き」をくらった国彦が倒れず、竹刀がへし折れるのには驚きました。どんな体しているんだ。
「私はおまえがどんなに成長しても戦わない。なぜなら私の相手は夏木栄一郎ただ一人だからだ」
「かたき討ちまがいの情熱はお前の剣を曇らせている」
と、国彦は六三四を叱ります。これによってまっすぐな心を六三四が取り戻すところにはホッとします。叱ってくれる大人がいるというのは幸福なことです。
奈良から岩手へ帰る六三四。実はキセルで奈良まで来ていたのですが、帰りの電車で車掌さんに捕まるところはこちらが心臓が飛び出そうになりました。 「キセルは絶対にやったらだめだ……」と子供心に思ったものです。
〜再び剣の道へ〜
剣道を再開した六三四は、道場で轟嵐子とも再会します。 六三四の母・佳代は厳しくも優しく、包容力のある人です。理想の母親像だと思います。
小5の時に出た県大会で、決勝戦前に六三四は足を痛めます。しかし、それを隠して決勝戦を戦い抜きます。嵐子や母の佳代も気づいていましたが、止めませんでした。
高校になってのラストの試合でも同じような展開がありますが……。
熱血の美しい展開ですが、夏木栄一郎が怪我を押して戦って死んだことを考えると、複雑な気持ちになります。
「とっちゃは死ぬまで戦った!」と、そのことがあるからこそ六三四は怪我しても戦うのですが、そのことがあったからこそ、命を大事にして棄権する勇気も必要なのではないかと思ってしまいます。漫画としては戦う方が盛り上がるのはわかるのですが(笑)。
六三四が初めて、父と同じ上段を構えるシーンは胸が熱くなります。
私はなんとなく、「漫画だから上段でも強いけど、現実の上段は弱いんだろうな」と思っていたんですが、現実の剣道でも上段は強い構えらしいですね。お恥ずかしい思い込みでした……。振り上げている分、ワン動作ショートカットされているわけで、最初から胴をがら空きにすることへの恐怖心さえ乗り越えたら確かに有利そうです。だから気迫が必要な「火の位」と言われるのか。
修羅と六三四は、全国大会の団体戦代表として準決勝争いをします。この時に、佳代と話をする六三四を見て、修羅が死んだ母親を思い出すところは切なくなります。しっかりしているけどまだ子供なのだなあと。六三四もまた、死んだ父親のことを思い出し、お互いに負けられないと闘志を燃やすのが熱いです。
この闘いでは、修羅が勝利するのですが、悔しがったり怒って暴れたりしない六三四に成長を感じます。 勝負の後、修羅が、
「君がお母さんと話しているところを見て、絶対に勝とうって思った。君がうらやましかったんや。僕にはついてきてくれるお母さんがいないから……」
というのが切ないです。
これを聞いた六三四が、次に修羅と闘うときに、母親の同伴を断るところがまたいいです。六三四は六三四なりに、修羅は修羅なりに正々堂々と戦おうとするところが素敵です。
嵐子は剣道は相変わらず強いですが、普段は精一杯に女の子っぽいオシャレな格好をしているところが可愛いです。
でも方言は誰よりなまっているという(笑)。
嵐子が、子犬(十一の子供)を死なせてしまったシーンは、胸が痛み、後味の悪い気持ちになりました。こういうシーンは漫画でも読みたくないですね……。
死んだ子犬の墓の前で、六三四と嵐子が「父以上の岩手の虎に」「六三四の母さんと同じ鬼ユリに」なると約束するところはいいシーンです。
嵐子は高校生になってからあまり活躍しなくなりましたが、何とかどこかで持ち直して鬼ユリになってもらいたいなと思います。
また、六三四は稽古をつけてもらったら必ず「ありがとうございました!」と頭を下げるところがよいです。剣道の強さだけではなく、礼儀や精神も大切にしているところがこの作品の特徴です。
そして、小学六年生になった時、県大会の予選会場でもなみちゃんと再会します。
もなみちゃんは、小学校、高校と、要所要所で六三四と再会して甘酸っぱい方向に話を盛り上げてくれます。
読み返していて気づきましたが、もなみちゃん、六三四にずっと手紙を送っていたと。でも六三四からは返事はなかったと……六三四は「手紙書くの苦手だからよ〜」と慌てていますが、返事が来ないのに手紙を送り続けるって……のちの乾さんと同じやないけ! 乾さんは、高校生編で出てくる人で、六三四に執着し、挙句の果てには六三四の幼馴染のもなみちゃんのストーカーになるというクレイジーな男です。
そうか、二人は似たもの同士だったのか(驚愕)。
今まで恋の「こ」の字も出てこなかった世界で、嵐子がもなみにちょっと嫉妬するところが可愛いです。
全日本選手権に出場できるのは県下で一人だけです。その座を争って六三四と嵐子が決勝戦で戦うのは熱い展開です。と、同時に、女の子の嵐子がライバルとして六三四と戦った最後の試合となります。
嵐子も全日本で充分に上位を狙えるほど強いのですが、六三四がいるから出場できないというのは、なんだかもったいない話です。
修羅と韮山先生の出会いは、アブナイ老人に絡まれたという反応をとる修羅のチームメイトたちが面白いです。
師匠である韮山先生に、国彦は修羅を預けるつもりでいました。
そのことを修羅に告げる前の、食卓での会話が印象に残っています。「大きくなったなあ」と感傷に浸る父と、「毎日、顔合わせてるやろうに!」と屈託のない修羅。国彦が自分の食事を修羅に分けてあげるところがいいです。
「かわってるんやねえ、父さん」(修羅)
笑いあう二人。
なんだかんだで、東堂父子はいい親子関係が築けていて漫画ながらほっとします。
「鬼」と呼ばれる父のことを修羅だけは人間としてわかってあげているのだなと。
〜日本一をかけて〜
日本大会では、新たなるライバル、有働と日高も登場します。この二人は高校生編でも登場する、修羅に並ぶライバルたちになります。今まで、修羅と六三四の一騎打ちの感が強かったですが、
この二人の登場で、日本にはまだまだ強い少年剣士がたくさんいるのだということを認識させられます。 木の上で格好つけている日高が、いかにも少年漫画の敵っぽい雰囲気でグッドです。
有働と日高はともに九州の学校から来ています。
鹿児島の日高は、激しい性格、強いなまり、色黒、掛け声は「チェストーーー!」、竹刀を振れば背景で桜島大噴火と、かなり濃いキャラです。さらに鹿児島での稽古では、老若男女一人一人に一本、立木があり、ラジオ体操のごとく毎朝みんなでそれを打ちすえていると。最終的には立木は擦り切れて折れてしまうと。「鹿児島の剣道やべえええ!」となる描写満載です。
さらに九州には古沢兵衛もいるし……九州の人たちは怒っていいと思う。この漫画を初めて読んだとき、九州はやばい地だと思いましたからね。
有働は見た目からしてどっしりしていて、貫禄と落ち着きのある大物感のすごいキャラクターです。高校生編では古沢兵衛に半殺しにされたせいで小物感が出てしまいましたが、本当は決して弱くはありません。六三四と同じ上段を使うという点でもポイントが高いです。
日本大会の場にも韮山先生は現われ、今度は六三四をおちょくります。ニコニコした笑顔で、目にもとまらぬ急接近してくる姿は非常に怖いです。ただ者じゃないのがよくわかります。
そして、六三四と修羅は個人戦・決勝戦で日本一をかけて戦うこととなります。
修羅が六三四の上段に合わせて、見たこともない構えをしてくるところがいいです。 大会出場の前に、お母さんとの思い出の品を燃やしたことを思い出す修羅――そこまでするなんて、この子もかなり病的な感じで胸が痛くなります。修羅は穏やかな性格と見た目ですが、行動だけ冷静に見ると常軌を逸したことをすることが多々あります。彼も彼で苦労が多かったのでしょう……。
「さいなら。さいなら、母さん――」
物を燃やしている修羅の姿には底知れぬ絶望を感じ、かなり印象に残っているシーンです。
作中でよく使われる、試合の最中、面の中の顔が黒く塗られ、目だけらんらんと輝いている描写は迫力があり、読んでいるこちらが身震いをするほどです。
最終的に、面を受けようとした修羅の竹刀をへし折り、六三四が勝利します。初めて、六三四が修羅に勝った試合でした。六三四の心底嬉しそうな顔に感動します。 にっこり笑って「おめでとう」と言った修羅が、一人になった瞬間、号泣するところはこちらも胸が苦しくなります。燃やしてしまった母の写真を思いながら……ここまでして勝てなかった修羅の気持ちを考えると複雑な気持ちになります。
六三四は修羅が泣くところを見てしまいます。
その後すぐ、日高から勝負を挑まれます。
最初は断るものの、修羅のことをバカにされ、怒った六三四は勝負を受けることにします。このころの日高は悪ガキですね(笑)。
『六三四の剣』ワイド版6巻
何というムカつく子供。
そして、薩摩示現流の早業で竹刀をへし折り、六三四をぶちのめします。
「悔しかったら鹿児島に勝負に来い」と捨て台詞を吐き、去っていきます。
そんな日高を相手にせず、修羅に抱きかかえられて表彰式に向かう六三四。
日高の強さよりも、器の小ささがひたすらに目立つエピソードでした(笑)。
修羅に支えられながら六三四が歩く後ろ姿は二人の友情を感じる、いい絵空です。
このあたりの話では、六三四が父の死を乗り越え、成長する過程が描かれています。一時とはどうなるかと思った六三四が、立ち直って再び剣道に燃えるところに感動しました。
→次の記事「高校一年・武者や乾の登場」編へ
■総合目次■
「乾俊一について熱く語る」編へ
「修羅の剣」編へ
「見どころとキャラクター」編へ
「子供時代・試練まで」編へ
「高校一年・武者や乾の登場」編へ
「高校二年・母の闘い」編へ
「高校三年・インターハイ前の青春」編へ
「インターハイ・最終回まで」編へ
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