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『模倣犯』〜ピースとヒロミについて〜
2001年出版(日本)
著作、宮部みゆき   


 高校生の塚田真一は、犬の散歩の途中、公園で人間の片腕を発見する。そこから明らかになる連続誘拐殺人事件。失踪したと思われていた女性たちは殺されていた――。片腕とは別に発見されたハンドバック の持ち主・鞠子の祖父、義男。事件のルポを書くライター、前畑滋子。犯人を追いかける警察、武上・秋津・篠崎……そして犯人たち。
 マスコミにかかってきたキイキイ声の電話による犯行声明から、事件は動きだす。



※ネタバレあり




〜ピースとヒロミ〜

 ピースもヒロミも、自分たちのやっている殺人なのに、架空の殺人鬼がやっているような気分になっているところが怖いです。

 そして、ヒロミはついにピースに反抗し始めます。

 テレビ中継中の生電話の途中で、CMが入ったことに激怒して、電話を切ってしまいます。
 かけ直せとピースに指示されますが、拒否。

「後悔しても知らないぞ」

 恐ろしい言葉です。

 ヒロミくんは、イライラを発散するために義男に電話をかけます。
 しかし、予想外のことが起こります。
 義男に二人組であること、片方に怒られて八つ当たりで電話をかけていることを見抜かれ指摘されるのです。

 自分は素晴らしい人間、誰も自分の嘘には気づかない、みんなバカだ。
 そう思っているヒロミの世界が崩れていく。弱々しいじじいによって。

 その後、ピースに二人組であることがバレたかもしれないと報告。
 電話を切ったことについて静かに非難されます。

「ヒロミはここで短気を起こした」
「ヒロミは短気を起こした」

 繰り返しが怖いです。
「ピースは自分の非を指摘されるのが大嫌いだった」というのも、怖いです。幼馴染のヒロミくんですら不気味に感じるピースの一面がここにはあります。
 静寂の後、ニコッと笑うピース。緩急の付け方がホラーみたいです。


 翌日、パジャマで出かけようとするピース。彼の動揺が見て取れます。

 十の懸念にピースは十の大丈夫を返してきた。しかしその一つでも大きく間違っていたなら、他も怪しいのだ。

 ヒロミが盲目に信じてきて、読者にも同じように完璧に見せていたピースがそうではなかったかもしれないことがわかってきます。

 ピースは自分の非を指摘され、それが正しい時に硬直するという特徴があります。感情がまったくなくなり、フリーズしたパソコンのように。

 パソコンが、またピースになっちまったぜ。

 この表現は端的で素敵だと思いました。

 声紋鑑定はあてにならないと上機嫌でピースが帰ってきます。
 この時点でもう、ヒロミを殺すことを考えていたのでしょう。

 ヒロミくんはかつてのピースとの会話を思い出します。

「ヒロミがそんなふうになってしまったのは、親のせいだ。(中略)もっと自分で自分を誇りに思ったほうがいい」
 俺が、自分自身に誇りを。

 場面が場面なら人情ドラマに出てきそうないい台詞なのに。

 ピースはヒロミくんの孤独を癒し自信をつけさせてくれた存在です。
 だからこそこの後の展開は可哀想になります。

「愛する人の死を嘆く、古い古い流行歌」をピースが聴いていたという部分は、彼の一抹の感傷と、今後の展開を予想させます。

 ピースとヒロミが出かけたとき、あか抜けた美人とダサい女性が乗った車に遭遇します。
「美人とブスの組み合わせがなぜか多い」「なぜブスは美人から学んで美人になる努力をしないのか」「ああいうブスは向学心がないんだ」というようなことを言うピース。
 これを聞いて、「美人は俺とピースで、ブスはカズ。俺たちのレベルに達しようとせずいつまでも馬鹿なままの」とヒロミくんは考えます。


 でもこれ、おそらく「ブス」はヒロミのことなんだろうなあ……と思いました。 ヒロミくんは気づいていないけれど、ピースの中ではもう、彼は切り捨てる存在になっていたのでしょう。

 ピースは、自分たちの罪をカズに被せて自殺に見せかけて殺す(犯行を自白する内容の遺書を用意)計画を立てます。
 その遂行のため、ヒロミくんはカズを山荘に呼び出します。

 しかし、思ったように動かないカズ。
 予想外の動きをするカズに、ヒロミは焦りだします。

 カズは思ったほどバカじゃなかった。

 カズへの認識が変わった瞬間のモノローグです。

 カズの覚醒に戸惑うヒロミくんをしり目に、ピースがカズをバットで殴って気絶させます。

 目を覚ますとカズは簀巻きにされていました。カズはヒロミを取り戻すために説得をします。

 ピースを一切無視してヒロミくんだけに語り続ける姿が泣けます。ヒロミが尊敬して完璧だと思っているピースなんてカズからすれば取るに足らない存在で、ヒロミのほうがよっぽど大切なのです。

 ここのやりとりで、だんだんヒロミくんがカズの話に聞き入っていくところはよかったです。
 ここまでクズでゲスに書かれたヒロミが心を動かされていく様子は劇的です。

 映画だと「やめろ、ピース」の短いシーンで二人の関係を描いています。短い尺の中でうまいアレンジだと私は思いました(三人の演技がこれまたいいのです)。
 もちろん原作も素敵です。掘り下げが深くされているので、よりヒロミくんやカズに感情移入できます。

 カズを無能だとあざ笑うピース。わざわざこう言うことを言いたくなるのは、カズが本質を突いていたからにほかなりません。
 そして、「無能」に反論したくなるヒロミくん。気持ちには確実に変化が表れています。

 車で峠を走りながら、どんどんカズに心を動かされていくヒロミくん。

「だけど」
もう後戻りはできないのだ。

 そう。ヒロミくんはすでに20人かそれ以上の女性を殺しています。「やり直せる」なんて状態ではないのです。
  それでも、カズはヒロミくんを説得します。やり直せる。ヒロミが女性を殺すのは女の子の幽霊のせいだから。心の問題を解決して一緒にやり直すのだと。最後まで見守ると。
 カズのヒロミくんへの無償の愛には心打たれます。

 それは幼少期の記憶に裏打ちされたものでした。

 ヒロミがピースに出会う前。まだカズや妹に優しく、カズをいじめから守り、できないことを助けてくれていたころ。ヒロミは忘れていてもカズは覚えていたのです。
 幼いころにヒロミがカズをかばってくれたように、カズもヒロミをかばわなければ、と。

 そして、泣きながら打ち明けてくれた女の子の幽霊の話。

 そんな思い出の切れ端にすがって、食い物にされてしまって……。

 ヒロミくんは、カズがピースの作戦について言った言葉を思い出します。

 子供は後先を考えずに嘘をつく――それで大人を騙せると思っている。

 ヒロミから見れば神様のように完璧なピースです。ピースもそれを疑いません。
 でも、はたから見ればただの勘違いした子供なんですよね。

 カズは、なぜこんなことになってしまったのかと涙ぐみます。そして、もっと早くヒロミを迎えに行かなくてはいけなかったと後悔します。
 それでも諦めることはしません。ヒロミをピースから助け出し、人生をやり直させる決意です。

 誰かに向かって手を広げ、俺がついてるよ、一緒なら大丈夫だよと声をかけた瞬間に、人間は、頼られるに足る存在になるのだ。
 最初から頼りがいのある人間なんていない。(中略)誰かを受け止めようと決心したその時に、そういう人間になるのだ。

 カズの心境には胸を打たれます。自分の人生が開けたような気持ちになります。自分もそういう人間になりたいしこういう人と出会える人生を歩みたいです。

 ヒロミくんは、カズの話で、母親が死んだ姉を愛していたわけではないことを知ります。愛していたのではない、恐れていたのだと。
 実は、姉は育児ノイローゼが原因で母親に故意に殺されていたのでした。

 数か月で死んだお姉ちゃんに思いを馳せるヒロミくん。「でも、一瞬で死ねたお姉ちゃんは幸せだったかもしれない」

 俺は二十数年かけて、少しずつ少しずつ殺されている。

 悲しいですね。

 落下する車の中で栗橋浩美は考えます。

 カズ、カズ。カズは生きているだろうか。
 生きていてほしい。俺も生きたい。生き直すんだ。もうピースに騙されたりはしない。

 大切なものには、手遅れになる前に気づかないと。
 そして生きているうちには手遅れなんてことはない。取り返しがつかないことなんてないのです。

 ヒロミくんのように、死ぬ直前ではなく、それより前に気づくことが大切です。

 最後の最後にカズの気持ちが通じて、ヒロミが本当の親友はカズだったと思うのは救われました。
 かなり調子のいい感じはするけど(笑)。

 心の(見え)ない殺人鬼ピースと、心のある人間だった浩美の対比がよかったです。

 新しい友達ができて、それまでの友達を見下したりいじめたりするようになるなんて、子供世界ではよくあることですよね。それが相手がピースだったばっかりに取り返しがつかなくなってしまいました。ヒロミくんはある意味運が悪かったです。

 けれど、ヒロミはもう29歳という大人で、何の関係もない他人にひどいことをしました。 生い立ちがどうであれその苦しみを他人にぶつけていいことにはなりません。すべてをピースのせいにするのもピースが可哀想です。彼自身の外道さは彼自身の中で完結しています。
 そして最後に立ち直ったのも、カズのおかげでもありますが、ヒロミ自身です。 ヒロミに立ち直るだけの魂があったということです。
 もう後には戻れないというのは正しい。死ぬしかないところまで来ていた。ヒロミが救われるにはあそこでカズとお互いを思いやりながら心中するしかなかった、あれがベストだったのだ。
 カズはその命をもってしてヒロミを救った。

 誰かの手を借りてでもいいから自分で何とかしなくちゃいけない。親離れしなくちゃいけないんだ。慈しみを持って離れよう、幼かった傷ついた自分に。
 ヒロミとピースもそれができていれば大人になれたかもしれません。

  
余談ですが、「スカイダイビング中のインストラクターの裏切り」という曲を聴いていると、いつもヒロミくんを思い出します。

 

 →その5(ヒロミの死後)へ 


■総合目次へ■   
『模倣犯』その1(良かった表現について)
『模倣犯』その2(物語の流れ・ピース・ヒロミについて)   
『模倣犯』その3(話は進み・カズについて)    
『模倣犯』その4(ピースとヒロミについて) 
『模倣犯』その5(ヒロミの死後) 
『模倣犯』その6(由美子の運命) 
『模倣犯』その7(結末) 
『模倣犯』その8(雑感・気になる点) 


 

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◆目次◆





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