『模倣犯』〜物語の流れ・ピース・ヒロミについて〜
2001年出版(日本)
著作、宮部みゆき
高校生の塚田真一は、犬の散歩の途中、公園で人間の片腕を発見する。そこから明らかになる連続誘拐殺人事件。失踪したと思われていた女性たちは殺されていた――。片腕とは別に発見されたハンドバックの持ち主・鞠子の祖父、義男。事件のルポを書くライター、前畑滋子。犯人を追いかける警察、武上・秋津・篠崎……そして犯人たち。
マスコミにかかってきたキイキイ声の電話による犯行声明から、事件は動きだす。
※ネタバレあり
〜物語の流れ〜
この物語は、まず、行方不明になった女性・鞠子の話から始まります。
大川公園のゴミ箱から女性の手首が見つかり。次いで鞠子の鞄が見つかり。
鞄の持ち主と手首の女性は別人だとマスコミに電話があり。
そんなこんなの後、二人の男性が、車のトランクに男性の遺体を乗せた状態で事故を起こし死亡。
栗橋浩美と高井和明。
栗橋浩美のアパートからは、手首のない女性の白骨死体が見つかった。
その後、ヒロミくん視点になり、犯人側の様子が描かれます。
高井和明は事件に巻き込まれただけで、本当の犯人は栗橋浩美と「ピース」です。
犯人たちの性格について。
ピースとヒロミくんの容姿は、映画の姿(中居正広&津田寛治)でしか想像ができません。それだけ違和感なく作り込んでくれたということになります。
ピースにしろヒロミにしろ、刑事の言う通り「かなり魅力的な、人好きのする男」というところが怖いポイントです。
犯人と千秋のあいだに――というよりも千秋の側に、ギリギリになっても、首にロープをかけられて、踏み台を目の前に持ってこられても、まだ話せば何とかなる、まだ自分の言うことを聞いてくれるんじゃないか、あるいはこれは手の込んだ冗談で、この人が自分をこんな目に遭わせるわけはないと信じてしまうような、この人が古川鞠子やあの右腕の持ち主の女性に非道いことをしたことをわかっていても、でも自分だけは大丈夫だと、信じざるを得ないような心情が形成されていたのではないか。
という刑事の予測は、実際には外れていましたが、犯人像自体は当たっていました。
「自分だけは」なんてことはないと思わなければなりませんね。
〜ピースについて〜
ピースマークのようにいつもニコニコ笑顔だからあだ名は「ピース」。
一見、サイコパスのような恐ろしい人間ですが、実際はサイコパスではありません。
寂しい心を抱えたまま、体だけ大人になった子供です。
自分の人生にうまく満足できていないヒロミくんは、自分の持っていないものを何でも持っている(とヒロミには見えている)ピースに心酔していきます。
ピースは人を操るのがとてもうまいです。
決して浩美を攻撃せず時には意見を採用して、「やっぱり、ヒロミは頼りになるなあ」とほめて見せて。
ヒロミくんの自尊心を満たしながら自分の意のままに動かします。
今作の真犯人であり、最大の敵でありながら、ピース自身について掘り下げられたり、彼自身の心の描写はほとんどありません。
その中でも断片的にわかるのは、複雑な家庭環境。
母親が既婚男性の養子(愛人)であり、また、自分がその男性の子供かもはっきりとしない。
居場所のない子供時代。どこへ行っても誰かの邪魔になるという役割を押し付けられた子供。
ピースが一番初めに殺した相手は母親です。
そして、家庭がありながら不倫して若い女の家にいる吉川茂(鞠子の父)にとても厳しいです。
「ああいう人間は罰をうけて当然なんだ。」
無責任じゃないか、と。
こういった部分にサイコパスっぽいピースの人間としての片鱗が見え隠れします。
ピースの幼少期については詳しく語られていないので、読み手に考える余地があります。
ピースもまた辛い家庭環境によって自尊心をゆがめられてしまったのだとしたら、可哀想ですね(無論、生い立ちだけで人生や人格が決まってしまうわけではありませんが)
。
茂は雲隠れしてマスコミの前に姿を一切表しません。ピースの想像を超えるレベルでの無責任な男でした。
しかし、茂は鞠子の遺体(骨)が帰ってきたとき、いっちょ前に義男に「自分に先に会わせてください。あれは私の娘です」と言います。そして死体の前で慟哭するのです。人間ってわからないものですね。
人にはうんと悪い面もあるがうんとよい一面もある。そういう複雑な部分の描き方がとてもうまいと思いました。
ピースの本名は「網川浩一」というのですが、ヒロミ視点では名前が出てきません。
終始、あだ名表記なので、人間味がなくなんとなく浮世離れした印象に拍車をかけています。
得体のしれない怪物。
姿なき陰。
氏素性って大切なんだなと思います。それらを取っ払っただけで人間じゃないものに感じてしまうのですから。
まあピースは「網川浩一」になった後の化け物感もすごかったですが。
今度は「得体のしれないもの」から、「人の皮をかぶった得体のしれないもの」になるわけです。
ピースの職業が塾講師とわかった瞬間は、アニメキャラかあるいは神のような遠くにいてふわふわしているだけだった彼の存在が、にわかに、人間社会に存在しているのだということを実感させられてぞっとしました。
ヒロミくんが撮った被害女性の写真のように、大人たちから無理やり笑顔を強いられてきたピース。彼は嫌な男ですが、見え隠れする心情に苦しくなります。
ピースにもつらい過去があり、同情される一面はあるはずですが、描かれていないから、ヒロミほど感情移入ができません。これはとても悲しいことなのかもしれません。人間は、目に見える痛みしか理解できない。想像ができない。ピースは理解できない、理解してもらえない。それがこの物語で、もしかしたら一番悲しい部分なのかもしれません。
〜ヒロミくんについて〜
ヒロミくんは大好きなタイプのキャラかといったらそうではないんですが(ゲス&クズだしw)、放っとけない・気を惹かれるという意味では一番気になるキャラでした。
作中の呼び方は一貫して「栗橋浩美」あるいは「ヒロミ」なのですが、「ヒロミくん」って呼びたくなる、そんな雰囲気がありますね。
そこがカズがヒロミを見放せない点でもあるのかなと思いました。
映画の津田寛治さんの怪演がとてもよかったから、も大きいと思います。いい塩梅に気色悪くて、甘えたような声でカズにまとわりつく雰囲気。ぜひ一度観てもらいたい(力説)。
ヒロミくんはピースのことを小学生の頃からとても好きで心酔しています。
けれど、その「好き」はピース自身への「好き」というより、自分自身がピースになりたいという気持ちなのかなと思います。
ピースの家族の一員になれなくても、ピースの家と同じような暮らしができればそれでいいのだ。
この文章とか、ヒロミのピースへの気持ちが集約されていると思います。
ヒロミくんは、幼馴染のカズをいじめたり搾取したりしています。
そのことがあるきっかけでカズの家族にバレて冷たくされるようになるのですが、ヒロミくんは原因がわかりません。
カズの家族が急に冷たくなったことを理不尽な仕打ちだと思っています。
なんでこんなことになったんだろう?
栗橋浩美は嘘つきだったが、多くの嘘つきと違って、自分で自分を嘘つきだと自覚してはいなかった。
冷たくされて「なんでこんなことになったんだろう?」って思うのは、カズを見下してはいても、なんとなくカズ一家への幼馴染としての甘えがあるんだなーと感じさせますね。
栗橋浩美が本当に頭がいいのなら――日頃家の中で親に向かって威張り散らしているように、彼がいちばん「偉い」のなら、高井家の人びとが冷淡になるなかで、なぜ和明だけが、カズだけが、変わりなく昔のままの付き合いを続けてくれているのか、それを考えてみることができるはずだった。
ヒロミくんはカズの優しさや気持ちに気づかないまま、カズを見下し続けます。
こんな具合にクズ&クズなヒロミくんですが、実は亡くなったお姉さんがいます。
そのお姉さんはヒロミくんが生まれるずっと前、生後数か月で亡くなってしまいました。名前は「弘美」。
母親は弘美の名前を漢字を変えただけでそのまま「浩美」とヒロミくんに名づけるわけです。
ずっと母親の目には死んだ姉しか映っておらず、大切にされることなく育ったという悲しい生育環境です。
「女の子がよかった。赤ん坊の弘美が生きていてくれたら。」
口癖のように言う母親。
その影響で、ヒロミくんは女の子(姉?)の幽霊が出てくる悪夢に悩まされています。追いかけられ、口に手を突っ込まれこじ開けられ、「私の体を返して」と迫られ続ける悪夢。
ヒロミくんの性格が歪んでしまった原因はここにあります。
母親は異常に見えますが、大なり小なり兄弟や性別で差をつけてこういうことを言う親は多いのではないでしょうか。
そういう態度や言葉は子供をすごく傷つける。大人になって親子の分離ができて初めて解放されるけど、大人になる過程でうまく距離を取ることができなかったところがヒロミくんの悲劇です。
母親から虐待まがいのことをされながら育ったヒロミくんですが、高校に入って初めて親を殴り、その後は栗橋家に君臨することになります。
しかし、その後も母親は相変わらずヒロミくんに文句を言い、「女の子の弘美がよかった」と言い続けます。
殴ってくるというのによくこんな文句を言うな〜……結局、母親も子離れできていないし、ヒロミくんも親離れできていない。歪んだ共依存を感じます。
こんなに反抗するのに母親に頼まれて長寿庵に(カズからお金を巻き上げる目的があるとはいえ)きっちり立派な鉢植えを買って持っていたり、妙なところで素直なのが面白いです。
風邪をひいたら実家に帰ってきて面倒みてもらおうとするし。
商店街の小さな薬局生まれから成りあがって、一流企業に勤めている俺。そんな肩書の俺を求める女たち。
でも実際の栗橋浩美は、無職の29歳。収入源は親のお小遣いとカズから巻き上げたお金という。
自分に何もないから、嘘をついて人を騙すことでしか優越感に浸ることができないわけです。
自分を脚色しながら生きているのはさぞ苦しかろうと思います。
母親の寿美子が認めてくれないから、どんどんかたくなになってオレはすごいんだオレはすごいんだとそれを確かめる行動をとらないと生きていけない。まともな家庭環境なら、きっと優しいヒロミくんのままでいられたでしょうに。
ヒロミくんは外道だけど、同情したくなる面も多いです。
→その3(話は進み・カズについて)へ
■総合目次へ■
『模倣犯』その1(良かった表現について)
『模倣犯』その2(物語の流れ・ピース・ヒロミについて) 『模倣犯』その3(話は進み・カズについて)
『模倣犯』その4(ピースとヒロミについて)
『模倣犯』その5(ヒロミの死後)
『模倣犯』その6(由美子の運命) 『模倣犯』その7(結末) 『模倣犯』その8(雑感・気になる点)

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