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『楽園』〜真相からラストまで〜
2007年出版(日本)
著作、宮部みゆき   


 ノアエディション(フリーペーパー社)に雇われている前畑滋子の元に、中年女性・敏子が訪ねてくる。敏子には夫はおらず、40歳を過ぎてから産んだ一人息子・等を事故で失ったばかりだった。敏子は等には超能力があったのではないかと思っており、滋子に捜査を依頼に来たのだ。
 等が生前に描き残した絵には不思議なものがあり、それがサイコメトラー能力のなせるものではないかというのだ。
 滋子はこれを敏子が息子の死を受け入れ、思い出にするための「喪の作業」ととらえ、依頼を受けることにする。
 その過程で、焼け跡から16年前に失踪した娘の遺体が発見された土井崎家が絡んでくる。娘を殺したのは両親だったが、すでに時効は成立しているのだが――。

 
 ※ネタバレあり



 物語終盤になって、初めて茜の母・土井崎向子が登場します。
 彼女は大柄でがっしりした女性でした。

 滋子と同じように、読者も向子に弱々しいイメージを持ち続けていたに違いありません。少なくとも私はそうでした。だから、ここは予想外でした。うまく予想を外させるところはさすがです。
 校章がきっかけで、向子の感情が動き出すのもいいなと思いました。

 ここからの告白の内容は物語の中でも、ずっと心臓が早くなるような、心をえぐられるような内容です。

 16年前、深夜に帰宅した茜は全身泥だらけでした。そして、手の爪は剥げて血を流していました。
 そして、何があったのかを語りだします。
 シゲが盗んだ車で一緒に出かけた先で起こった出来事。

 人を撥ねちゃった。あんなところを歩いているほうが悪い。

 自分の過失を相手に責任転嫁する発言です。でも、誰でもやってしまいそうなことでもあります。あの、花田先生もやっていました。

 何であたしが、シゲのしたいようにするのを止めなくちゃなんないの?

 そんな茜だけど、それでも、起こったことを話さずにはいられなかった。怖かった。
 怖かったから話さずにはいられなかった。

 十五歳の女の子だったんだもの。

 ――手が痛いよ。

 母親に甘えた。その心情。「子供が、怖い思いをしたときです」。
 向子はそれを聞き入れた。手当てした。本当に痛そうだったから。

 茜はわたしの娘だから。

 母親にもたれかかる茜。こんなところにきて、今更、こんな光景が実現するなんて。なんで、今更。なんで、今まで。

 着替えが必要になって、茜は父親に冷たく言い放つ。「あっちへ行けよ」と。
 そりゃあそうも言いたくなるでしょう。自分を受け入れてくれず、こう垂れているだけの父親なんて。

 顔を上げた父親の表情は死んでいた。

 これをきっかけとして、母親は娘を手にかけます。

 どうしてこのタイミングだったんだろう?
 明確な答えは小説内には示されていません。

 あんたのやったことのために夫はこうなっているのにと思ったのかもしれません。
 元にはもう受け入れきれない、壊れると向子は思ったのかもしれません。
 茜はこの期に及んでこの態度ではもう戻っては来れないのかと思ったのかもしれません。

 私が思うのは、たぶん、このままだと夫が茜を殺したから。その前に自分の手で殺したかったのだろうということです。
「茜は、わたしの娘だから」。
 前に読んだ段階では、絶対にこの答えにはたどり着かなかったでしょう。当時の自分の年齢は茜に近く、親の気持ちに思いを馳せることなんてできなかったから。今だって、完全にはわからないけれど。

 そしてこの心の弱い夫に、娘殺しはさせられないと。
 夫のためであり、茜のためであり。
 向子の毅然とした態度の裏にある決意に身が震えます。

 私が茜を殺したんです。
 やり遂げたと。

 滋子は嘘だと思った。夫も加勢したのだと。でもそれを言わない。言わないことを向子もわかっている。

 向子に仰ぎ見られて、滋子は自分が無意識に立ち上がっていたことに気づく。

 このあたりの描写が真に迫っています。

 向子さんは夫に優しいです。夫のことになると口調が和らぎ、微笑みます。好きなのだろうことが痛いほど伝わってきます。

「夫は、わたしより弱いんです」

「茜を殺したのはわたしですからね」

 わずかに胸を張るところがすごいです。母親の特権。自分のお腹を痛めて生んだ子供に対する独占権。
 茜は愛されていた。
 母親の愛をこの小説に確認できた。それは読み手にとっても幸せなことでありましょう。


 すべての告白を聴いたあと、滋子は「茜を見た」と言います。
 昌子ちゃんの中に幼い茜を見たと。

 両親に挟まれた昌子。その目に映るのは疲労だけではありませんでした。

 拗ねていた。怒っていた。傷ついていた。

 昌子は幼い茜だったのです。
 昌子は生きて助かった。
 違った運命となった二人。

 行っちゃいけないってところに行ったの。そこなら、あたしが見つかるかもしれないと思ったから。

 父親に抱っこされ、母親に抱っこされ。心底よかったねと。
 自分も救われたような気持ちになりました。

 母親も全身で昌子を抱きしめていた。

 というところがいいです。

「残酷で、恐ろしくて理不尽だけど、どうすることもできないまま、我が子が流されてゆくのを、ただ茫然と見ているしかない。そういうことが起こるときがあるんです」
 佐藤昌子は、寸前で抱き留められた。滋子は、その瞬間を目撃したのだ。

 このあたりの文章は、すごく印象的でよく覚えていました。

「あなたもご主人も、茜さんが流されてゆくのを止めようとなさいました。最後のチャンスが、十六年前のあの夜でした。あなたは手を伸ばして茜さんをつかみました。つかんで、引き戻したんです」
 そして茜を取り返した。
 茜の命と引き換えに。

 これは救われたということでいいのでしょうか。少なくとも土井崎夫妻にとっては、ねぎらいの言葉であり、慰めの言葉であるかもしれません。

 それにしても……茜の両親は充分に茜を愛していたはず。それなのにどうしてこうなってしまったのでしょう。
 茜自身の生まれ持った人格の問題?
 茜が人見知りの赤ちゃんだったから? 
 妹との6歳という微妙な年の差?
「愛情に飢えていた」
 問題があったから大切にされなかったのか。大切にされなかったから問題行動をするようになったのか。
 どんなに頑張ってもうまくいかないことはある、のか。
 いろいろと考えてしまいます。


 すべての真相を母から聞いた誠子から、滋子に電話があります。
 酔っぱらって管を巻く誠子が痛々しいです。

 誠子は、両親が自分を守るために茜を殺したのだと主張します。そして、自分のために今まで隠してきたのだと。

 まるで、そうでなければならない、そうであってほしいかのように。
 茜のことばかり書かれて、誠子については掘り下げられていない印象があります。この最後の電話での感情の爆発が、控えめに彼女の抱えているものを表現している感じがします。
 いろいろあったのも、親の愛情が欲しかったのも茜だけではないのだと。

 そんなことしてくれるの、親だけです。わたしをそれほど愛してくれるのは。

 達夫ではダメだったのでしょう。今の彼女を、達夫では救えない。
 誠子と達夫は別れてしまったようです。どうしてここまで誠子に厳しい展開なのか(´;ω;`)

 わたし、どうしてほしかったんだろう。

「わたし、元気になりたい」
「なれます」
「また、幸せになりたいの」
「なれますよ」

 こんなふうに言ってくれる人が、人生で一人でもいたなら、大丈夫です。言ってもらえる自分を今まで築いてきたのだから。
 元気にもなれます。幸せにもなれます。

「誰よりも優しい」と言われた誠子の、優しいだけではない姿が見える、最後の登場になりました。


 とても悲しい物語ですが、ラストには希望がありました。

 敏子は、添い遂げられず別れた恋人がいました。その恋人には息子がいたのですが、敏子にもなついていました。
 その息子が、敏子に会いに来るのです。恋人も会いたがっていると。

 敏子が生涯一度だけ望み、相手にも望まれ、しかし成就しなかった夢。
 等を失ったが、もう一人の息子は帰ってきた。


 とても悲しいけど、優しくてあたたかくて柔らかい物語でした。


『模倣犯』の続編だから、似たテーマが全体的にちりばめられているように感じました。
 失踪者がテーマであるところは特にそう思いました。

 茜とシゲのやったことは、ピースの著作の題名『もう一つの殺人』を彷彿とさせます。


 『楽園』は『模倣犯』の9年後です。書かれている物語はここで終わるけど、彼らの現実は続いているから、みんなこれからも生きていかないといけない。
 それぞれがそれぞれの現実を。
 私は私の現実を。
 これからも死ぬまで生きていきます。


 →その8(好きな表現と気になる点)へ
 
■総合目次へ■  
『楽園』その1(始めから幼馴染に絵を見せるまで)
『楽園』その2(野本刑事登場から誠子登場まで)  
『楽園』その3(あおぞら会から○○よんでくださいまで)  
『楽園』その4(両親の話から警察よんでまで) 
『楽園』その5(鳩子登場から茜の思い出まで)
『楽園』その6(シゲ登場から事件解決まで) 
『楽園』その7(真相からラストまで)  
『楽園』その8(好きな表現と気になる点)


 

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◆目次◆





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