『ルドルフとイッパイアッテナ』〜胸を締め付けられる〜
2016年発表(日本国)
監督、湯山邦彦 榊原幹典 脚本、加藤陽一 原作、斎藤洋
※イメージ画
小さな黒猫のルドルフは、飼い主のリエちゃんが大好き。ある時リエちゃんを追いかけて家を出て、ハプニングの結果、トラックの荷台に乗って東京まで来てしまう。
そこで出会った「教養のある」野良猫・イッパイアッテナの協力を得ながら、リエちゃんのいる町へ帰る方法を模索するのだった……。
※ネタバレ含む
原作は児童文学です。
『ルドルフとイッパイアッテナ』『ルドルフともだちひとりだち』を合わせた内容となっていました。
この二作は私にとってとても大切な作品です。
『ルドルフとイッパイアッテナ』までだと思っていたら、二冊目までやってくれるとは。
CMを観ていてもわからなかったので、意図的にぼかしていたのかな? と思います。おかげで原作を知っていても観ていて意外性を感じることができました。
『ルドルフとイッパイアッテナ』だけでも素晴らしいのですが、やはり『ルドルフともだちひとりだち』も合わせての名作ですから、映画にするなら両方をやらないと意味がない。
そんな中で一作にまとめたのは、続編を見越してではなく、この一作に全力をかけて作るという制作者の心意気が感じられてよかったです。
二作を一本にまとめたのもあって、原作にあったエピソードはかなり削られ、あっさりと進んでいきました。
また、イッパイアッテナがやられたときの表現は原作よりかなりマイルドで、血も出ていなくて絶体絶命感はありませんでした。そのほか、デビルが猫を何匹も池に追い込んでいる話など、残酷なエピソードはカットされて全体的にかなりマイルドな内容になっていました。
ただ、原作は児童小説なのにかなりハードボイルドなので、映画くらいマイルドになっているのは、それはそれでアリだなと思いました。原作をそのまま映画にすると、あまりにもハードすぎる(笑)。子供のトラウマになる(笑)。
それでいて大筋は変わっていないところがよかったです。
観る前は「ルドあざとすぎる!」「イッパイアッテナこれもう猫じゃなくて虎やん!」「ブッチーこういうキャラ?」「デビル凶悪すぎんだろ」とか思ったキャラクターデザインも、映画を観終わった後には「ルドかわいいいいい!」「イッパイアッテナさんかっけー」「ブッチーいいキャラしてる」「デビルさすがだ」と好感度うなぎ上りです。
特にルドルフが可愛いです。もう、可愛い! です。
イッパイアッテナがルドルフを説教するシーンがかなり減っていること、猫たちの日常やルドルフが野良の生活になじんでいく様子が描かれていないのはちょっと残念でしたが、原作の精神は十分に伝わる内容となっております。
イッパイアッテナさんの決め台詞「今度は両耳ちょん切ってドラえもんみたいな頭にしてやるからそう思え!」が「ドラえもん」ではなく「頭つるんつるん」に変更されていました。
どうするかと思いましたが、やっぱりそうなるよね(笑)。
東京に建っているのが東京タワーではなくスカイツリーな部分で、この話が現代を舞台にしていることが明確にわかります。
それに合わせてうまく現代風にアレンジされていました。ルドが一度も庭から出たことがない設定だったり。
お出かけするリエちゃんに置いていかれそうになって、「にゃ〜」と鳴きながら追いかけようとするところがリアルです。
うちの猫(カンちゃん)も置いて行かれそうになると玄関口でにゃーにゃー叫び続けて罪悪感をあおってきます。
だからそのルドルフが、リエちゃんについていきたくて家を出てしまい、そのままトラックに乗って東京に行ってしまう……というのはとても胸の痛くなる展開でした。
『ルドルフとイッパイアッテナ』は猫を飼っている人にとっては常に隣り合わせの「現実」で、余計に感情移入してしまいます。
〜原作とのキャラクターの違い〜
小説版のルドルフはもうすぐ一歳になるくらいの猫で、ほかの大人猫と喧嘩も経験があります。人間で言うと10代後半くらいのイメージです。「おじさん」になったころで20代前半から後半くらいかなと。
対する映画版のルドルフは完璧に子猫です。最初で10歳くらい、最終的に10代後半くらいなのかなと思います。
原作のルドの印象:子供っぽさはあるけど理性的で頭は切れる、辛い状況でもぐっとこらえて時には漢気も見せる。だんだんと思考も大人びていって、感情的になる場面でも冷静にふるまえるようになる。
映画のルドの印象:まだまだ甘えん坊の子供。男の子っぽく強がるところはあるけど、隠しきれなくて感情が爆発するときがある。知的かはわからないけど勇気はある。
どちらのルドルフも魅力的ですね。
イッパイアッテナさんはさすがの貫禄で、原作も映画もあまり差はありません。
ただやっぱり、小説のほうが老成していて、映画の方が若々しい印象はあります。
〜原作とのストーリーの違い〜
基本的に原作通りなのですが、映画で唯一追加されたエピソードに「ルドルフ氷漬け事件」があります。
自分の町が「岐阜市」だと知ったルドルフが、感情任せに走り「ギフ」の文字が書かれたトラックに乗り込むシーン。そのトラックは冷凍車で、ルドルフは凍えてなんと氷漬けになってしまいます。
それをイッパイアッテナが救出するのですが……氷漬けって(笑)。いくら子供向け映画でもツッコまずに観られないよ(笑)。
シリアスなシーンなのですが笑ってしまいました。
ほかに原作と違うところに、ブッチーの彼女(ミーシャ)が出てきます。今流行りの耳垂れ猫! ブッチーの彼女は原作でも後々出てきた気がするので、華を出すのに映画では今作から登場させたのだなと思いました。映画で付け足されるヒロインも原作からとってきているところに好感を持ちました。
〜エピソードごとの感想〜
ルドルフたちが学校に忍び込んで、学級文庫や図書館の本を読むシーンは原作同様、わくわくしました。映画では特に図鑑の中の世界に飛び込むシーンがあったりと、映像ならではの表現があって楽しかったです。これは子供に見せたい。
「読めるようになるだけじゃない。書けるようにならないとだめだ」
いや、だめってことはないでしょ!(笑) さすが、意識が高い……。
イッパイアッテナは元々飼い猫で、捨てられた猫です。だから決まった名前はなく人間たちに好きに呼ばれていて「俺の名前はいっぱいあってな」と。
猫たちからはステトラと呼ばれています。それは元々の名前が「タイガー」だから……捨てられた虎(タイガー)だから、捨て虎(ステトラ)。ストレートで残酷なあだ名だなと思いました。猫畜生の民度の低さがうかがえます。お前ら、教養が必要だ!
アメリカに行くことになった飼い主は、イッパイアッテナをつれて行くことができず置き去りにします。その時に、生きていくのに役立つようにと人間の文字を教えたのでした。だから、イッパイアッテナは文字を読み書きできます。
「文字を読み書きできる猫」という変わった設定がありますが、それはあくまで一要素に過ぎないところがこの映画の特徴です。設定は設定で、あくまで「リエちゃんのところに帰る」「ルドルフの成長」「仲間の大切さ」などのテーマにウェイトを置いた作品となっていました。設定に惹かれて観に行った人にはちょっと物足りなかったかもしれません。
アメリカの飼い主に会うために、英語を勉強して渡米を目指すイッパイアッテナがけなげです。しかし、アメリカは広いぞ……飼い主のところにたどり着けるとは思えません。それでもアメリカに行こうとするところが、教養があるとはいえやっぱり猫だな、という感じで、ほほえましかったり悲しかったり。
原作を読んだときは、イッパイアッテナの飼い主に怒りでいっぱいでした。どんな事情だったかはわからないけど、猫を捨てていくのはひどいです。
このあたり、映画だとなんとなく憎めない変わり者系のキャラにしているのがうまく処理しているなと思いました。「こいつは変人だから何やっても仕方がない」みたいな雰囲気がありました(笑)。
最後、イッパイアッテナが渡米する前に飼い主が帰ってきてくれて本当によかったです。
デビルの凶悪具合が映画でもうまく表現されていてよかったです。そのデビルと、仲直りして友達になるところはほんわかします。
デビルとイッパイアッテナの確執は、実際の人間関係でもありそうで深いなと思いました。
元々は仲が良かったはずなのに、ちょっとしたきっかけでどうしようもないところまですれ違ってしまう……。
「お前の飼い主の出す肉、まずくて食えたもんじゃなかったしよ」
この台詞は原作でも印象に残っています。本当はおいしくいただいていたはずなのに、こんなひどいことを言って。言う方も言われた方も心を踏みつぶされた気分になる類の悪口です。
ただ、皆が違う名で呼ぶ中、デビルだけが本当の名前「タイガー」で呼ぶ
のは、何かいいなと思いました。
物語の中盤、ルドルフは観光バスに乗って故郷・岐阜に帰ることになります。
旅立つ前に、どうしてもルドの大好きな肉を食べさせてあげたい。そう思ったイッパイアッテナは、犬猿の仲のデビルに夕食の肉を分けてくれるように頼みに行きます。
そこで、汚い罠にかかって瀕死の重傷を負わされてしまうのです。
クマ先生に助けられて目を覚ましたイッパイアッテナは、ルドルフに聞きます。
「俺の怪我についてブッチーは何か言っていたか」
ルドルフは、イッパイアッテナの気持ちを慮って「車にはねられたって聞いた」と嘘をつきます。イッパイアッテナもそれに合わせます。
そして、バスの発車時刻前……イッパイアッテナに促されて、ルドルフはクマ先生の家を出ます。
向かった先は、バス乗り場ではなく、デビルのところです。
ついてくるブッチーに、
「イッパイアッテナには、ボクはバスに乗って無事、岐阜に帰ったって伝えるんだ」
と言うルドルフ。
この台詞で、「あ、ルド、命かけているんだな」……と思いました。結果的には死ななかったけど、相手はデビル。死ぬ覚悟で仇討ちに挑んだのだと思うと、ルドルフがどれほど怒っていたのかがわかります。
ルドルフとブッチーは協力してデビルを倒します。
そして、ルドルフはバスには乗らず、東京に残るのです。
ここの流れは原作一作目のクライマックスなだけあって見ごたえがあります。
これで終わりかな……と思ったところで、『ひとりだち』のほうのエピソードも始まって「おおっ」と思いました。そこまでやってくれるのかと。
ルドルフがやっとこさ岐阜に帰った後。ついにきました。子供のころのトラウマ号泣シーン。
あんなに一生けんめい、家に帰ったのに、そこにはもう新しい猫がいたなんて――! しかも、自分と同じ「ルドルフ」という名前。つらすぎる。
「おじさん、誰?」(二世)
「ボクはルドルフ。この家の猫だ」(二世)
「前の猫がいなくなって一年たって、それでも帰ってこなかったから、ボクがもらわれてくることになったんだ」(二世)
「ボクともう一匹黒猫がいて、リエちゃんは両方欲しかったんだ。でもお母さんに、二匹は飼えない、一匹じゃなくちゃダメだっていわれて、ボクが選ばれたんだ。ボクの目はいなくなった猫にそっくりなんだって」(二世)
という、自分そっくりの小さな黒猫。自分の弟。
ルドルフは、リエちゃんに気付かれる前に、東京に帰ることを決断します。
ルドルフ二世のために身を引くルドルフ一世。あんなにリエちゃんに甘えていたのに、大人になったんだなと。
「一匹しかダメだ」と言っていても、リエちゃんの家は自分を飼ってくれたかもしれない。
でも、ルドルフと呼ばれて、飼われる一匹として選ばれて得意げにしている小さな猫を見て、自分が元々いた猫なんだとは言えなかったんだ。
そして、リエちゃんにとっても、「一匹しか飼えない」という制約がある以上、自分が現れることはとても困ることなのだ。
ルドルフはリエちゃんが大好きだったから……リエちゃんを困らせたくなかったのでしょう。
でもねえええ! 飼い主視点だとねええ! 何年たっていようが何があろうが、帰ってきてほしいよ。二匹とも大切にすると約束するよ。
……と、思う反面、リエちゃんは、一年ほかの猫を飼わずにルドルフの帰りを待っています。二匹飼える家なら、もっとすぐに、気軽に新しい猫を迎えていてもよかったはず。この家では絶対に一匹しか猫が飼えないルール。だからこそ、リエちゃんは一年待ったし、二世を迎えるときには、一世を完璧に諦める決意だった――ということなのかと思いました。多頭飼いの我が家ではピンときませんが、リエちゃん家の「一匹しか飼えない」という言葉は、とても重たいのかもしれません。
だから、リエちゃんを困らせたくなくて、ルドルフは去っていった……。ルドルフは本当にリエちゃんのことが大好きだったんだなと改めて思います。
自分が唯一だと思っている二世のことも考えて、居場所を譲ったのもあるでしょうし。考えれば考えるほど、ルドルフの選択に胸が締め付けられます。
部屋にルドルフ一世とリエちゃんが一緒に写っている写真が飾られているところにグッときます。今でもリエちゃんはルドのこと、忘れていないんだなと。
原作を読んだときのここら辺の絶望感はヤバかったです。ここがこの作品を名作たらしめていることはわかっているのですが、でも、それでも、映画では、リエちゃんと再会して一緒に暮らすラストにしてもよかったんじゃないかなと思ったりします。辛すぎる。
「ねえ、おじさん、だれ?」
怪訝な顔で聞いてくる二世に、
「ボクの名前はいっぱいあってな」
こういったとき、ルドルフも観客も、タイガーという名前を持ちながら、その名を名乗れなかったイッパイアッテナの心境を初めて知ります。胸がチクっとなる話ですね。
そして、「お前のリエちゃんによろしくな」と言い残して、ルドルフは去っていきます。
二世の前ではそのそぶりも見せなかったのに、家を離れた後、路地を疾走しながら心の中で、
「お前のリエちゃんなんかじゃない!」
「本当は、ボクのリエちゃんなんだ!!」
と叫ぶシーンは胸にこみ上げてくるものがあります。
映画の中で一番のシーンだと思いました。辛いけれど。
東京に帰るまで耐えて、イッパイアッテナと再会してから大泣きする姿にグッとくる。もうほとんどやけというか、頭突きするみたいにイッパイアッテナの胸に頭を押し付けて大号泣。
イッパイアッテナにまた会えたことももちろんあるとして、岐阜であったこといろいろ思い出してこみあげて耐えられなくなった感じ。よくがんばった、ルド。よく今まで涙をこらえた。
台詞じゃなくて画で魅せるところが映画ならではでよかったと思いました。
でもその後、イッパイアッテナは飼い主と再会できていて、ルドルフもそこで暮らすようになって……ちゃんとハッピーエンドになってよかったです。
ここは映画の方が明るく終わりました(原作でも展開は一緒ですが、順序が逆で、リエちゃんに会えず東京に帰って終わりだから絶望感半端なかった)。
全体的に明るくハッピーエンドでよかったです。
猫を飼っていたら、見終わった後必ず飼い猫の顔を見たくなる映画です。
原作も大好きですが、映画は映画でとてもいいなと思える内容でした。何より制作者の方々がとても誠意をもって作品を作っていることが伝わりました。
主題歌の「黒い猫の歌」も、映画にマッチしていてとてもいい曲だと思いました。
みんなにおススメしたい反面、辛いシーンもあるから絶対観て!! と言えないですが――すごくいい作品なのは間違いないです!!
「教養のある猫(人間)」にならなければ、と改めて思いました。
公式サイト→https://www.rudolf-ippaiattena.com/
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