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『模倣犯』〜話は進み・カズについて〜
2001年出版(日本)
著作、宮部みゆき   


 高校生の塚田真一は、犬の散歩の途中、公園で人間の片腕を発見する。そこから明らかになる連続誘拐殺人事件。失踪したと思われていた女性たちは殺されていた――。片腕とは別に発見されたハンドバック の持ち主・鞠子の祖父、義男。事件のルポを書くライター、前畑滋子。犯人を追いかける警察、武上・秋津・篠崎……そして犯人たち。
 マスコミにかかってきたキイキイ声の電話による犯行声明から、事件は動きだす。



※ネタバレあり




〜話は進み〜

 二年前の出来事として、ヒロミくんの彼女が登場します。
 このころのヒロミくんはまだ殺人は犯しておらず、カズにたかりながら生きているただの自堕落なニートでした。
 自称・大企業勤めのエリートで、女性を騙して期待させ、期待が最高潮に達したところで自分の正体をばらして反応をうかがうという謎の趣味を持っています。
 それで相手に罵られても軽蔑されてもかまわない。変態か!

 このころの彼女は岸田明美。
 ……岸田明美!
 滋子がルポで書こうとしていた失踪した女性の一人です。
 やっとつながった。
 つながった瞬間、おお! と思いました。

 ヒロミくんと明美は喧嘩して不穏な感じになります。
 明美は今まで男性に怒られたことがなく、お姫様扱いされてきました。
  だから、ヒロミくんの怒り方が、普通の男性の怒った時と違う、異常な空気をはらんでいることに気づけなかったのです。
 それでも、何かがおかしい。家に帰りたい。一人暮らしのマンションではなく、実家に帰りたい。親に会いたい。そう里心が湧きました。これは虫の知らせでありました。
 現実でもこういう、虫の知らせとか、天の配剤のようなタイミングでの出来事はあります。
 本能には従う、おかしいと思ったら引き返す。生きる上で大切なことなのかもしれないと読みながら感じました。

 しかし、ガソリンスタンドの女性への嫉妬で里心もヒロミくんへの怒りも一時的になくなってしまいました。
「最後の退路は断たれた」この言葉の絶望感がすごいです。

 不穏な空気のまま、おばけビルまで行くヒロミくんと明美。
 建設途中で放置されたおばけビルを見ながらヒロミくんの考えることが切ないです。

 存在を否定され、否定されたまま存在し続けざるを得ない、悲しい場所。

 27歳の大人としては、幼稚な被害者意識。
 けれど、幼稚だなんて切り捨てられない辛い感情を覚えます。

 そして、女の子の幽霊の幻影に取りつかれてしまいます。
 ここで出会った家出少女(中学生)を、女の子の幽霊と見間違えてしまうほどに。

「助けてよ、お母さん」

 そうつぶやく姿には、ヒロミくんも可哀想なんだよなと思ってしまいます。 しかし、ここで彼は取り返しのつかない過ちを犯してしまうのです。

 幽霊の恐怖におびえ、明美を突き飛ばし、ゴミ穴に落として瀕死の状態にしてしまいます。錯乱状態の中、明美と家出少女を殺してしまうのです。

 このとき、逃げるのを躊躇して明美が無事か心配する家出少女が優しいです。
 中学生ながらの大人ぶった、お姉さんのような気質でヒロミくんを叱ったり明美を助けようとしたり。それが仇になってしまうのですが。
 登場シーンは少ないですが、よい子なのが伝わってきます。

 どうしたらよいかわからず、ピースに助けを求めます(いやその選択はおかしい)。
 そこから二人の殺人が始まるのです。
「木を隠すには森の中」と。連続殺人事件の一部に埋め込むことで明美と家出少女の殺害の真実を隠すという作戦です。
 過去に犯してしまった殺人から目を背けるために、新たに殺人をするというのは、本末転倒です。

 この後は、今までの誘拐殺人がヒロミくん視点で描かれていきます。犯人側から見た事件の真相を知ることができて興味深いです。同じ物事を別視点で描く演出が自分は好きなのでなおさらよかったです。

 義男に手紙を届ける役割をした女子高生(日高千秋)は、イケメンのヒロミくんに声をかけられて、ついて行って事件に巻き込まれることになります。
 ノリノリで演技して楽しんでいるヒロミくんが何とも言えません。

 このアヤシイ男を疑うタイミングは二つあったのに。

 彼女が見ていたのは現実ではなく、そうあってほしい夢の形ばかりだった。

 この表現は非常に真理をついているなと思いました。


 風邪で寝込んでいるときにピースが訪ねて来ないことや、連絡をくれないことを寂しがるヒロミくん。彼女か! かまってちゃんか! 
 ピース大好きなんだなあ、というのと同時に、ピースとの温度差を感じてちょっと切なくなります。

 ヒロミくんの描写では、彼が自分はすごい、敬われるべき人間だと両親やその他を見下した態度をとるたびに、彼自身が目をつぶっている彼の情けない一面(ニートなところとか、カズの金でデートしているところとか、親の金で一人暮らししているところとか)が一言ツッコまれるのが面白いです。


〜カズという男〜

 高井和明(カズ)と、その妹・由美子は栗橋浩美の幼馴染です。
 世間から見れば、愚鈍なカズが浩美に利用され搾取され、由美子がそれに怒っているという状態ですが――。
 カズにとってヒロミくんは見捨てることのできない、大切な存在です。

 カズは、ヒロミくんが事件に関わっていることに気づいてしまいます。そして行動を起こします。

 由美子は、彼女視点だとしっかりした妹というキャラクターです。だからこそ、後半の落差が切ないのですが……。
 由美子は子供の頃はヒロミくんにご執心していたのですが(由美子にとっての星の王子さまという表現が面白い )、兄をいじめている彼の本性を知ってからは嫌悪しています。

 カズを追いかけて行った先で、由美子は大川公園にたどり着きます(兄が片思いの相手とデートに出るだろうから尾行しようとするこの妹もだいぶおかしい)。

 ここで、樋口めぐみに遭遇します。

 大川公園での第一発見者は、塚田真一という高校生です。彼には、両親と妹を強盗殺人によって失うという壮絶な過去があります。その犯人の娘が樋口めぐみで、彼女は父親の減刑を求める嘆願書を集めています。 そこに被害者遺族である塚田真一にサインしろと迫っている困ったちゃんです。真一くんのとある「落ち度」を利用して。

 由美子は樋口めぐみに対して、

 犯罪者の娘! 関わってはいけない!

 と思います。
 しかし、由美子はこののちに「犯罪者の妹」になります。そして父をかばうめぐみと同じ立場となるのです。
 残酷な運命です。

 カズをいじめまくっていたヒロミくんですが、中学生の時に弱音を吐き、涙を見せたことがあります。
 女の子の幽霊を見る話を、カズに打ち明けてくれたのです。
 それがカズの中で栗橋浩美を捨てきれない理由でした。

 それにしても。
 ヒロミくんの車のミラーに映ったり、家の窓の下に立っていたり。ヒロミがさんざん馬鹿にしているカズの、それにそぐわない行動が怖くておかしみがあります。

 電話中に背後に現れるカズ。
 アパートの下に立っているカズ。
 うまいこと言いくるめられたと思っている、その裏で、

 電話を切った後、うなだれながら考える。
「ヒロミは、オレに嘘をついてる」

 コワイ、怖い、恐い! ホラーかよ!!

 ヒロミくんが誰かに操作されていると察するカズ。

 高井和明にとっては、一連の事件を終わらせることと同じくらいに、栗橋浩美をその人物から助け出すことも、重要なのだった。
 なぜなら、それができるのは、たぶん高井和明ただ一人だけだから。
 彼らは幼なじみなのだから。

 ヒロミが嘘をついていることには気づいている。けれどヒロミの人間性はまだ信じている。
 と、いうところはグッときますね。

 →その4(ピースとヒロミについて)へ 


■総合目次へ■   
『模倣犯』その1(良かった表現について)
『模倣犯』その2(物語の流れ・ピース・ヒロミについて)   
『模倣犯』その3(話は進み・カズについて)    
『模倣犯』その4(ピースとヒロミについて) 
『模倣犯』その5(ヒロミの死後) 
『模倣犯』その6(由美子の運命) 
『模倣犯』その7(結末) 
『模倣犯』その8(雑感・気になる点) 



 

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◆目次◆





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