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『妖鬼海産都市(ユメミナト)』〜さよなら青春〜

2012年出版(日本)
著作、谷山龍

 ※前半ネタバレなし  
 
 物語の舞台は、妖怪で町おこしをする小さな港町、S市。
 主人公は大阪の映画学校に通う鵲迅とその悪友山岸赤夏。彼らは夏休み、地元であるS市に帰郷した。
 そこで、卒業制作としてS市の妖怪を題材とした怪奇映画を撮ることにした。
 可愛い女友達の瑠璃、中学時代の先輩御手洗真尋、迅の妹友希英。その他地元の仲間に協力してもらいながら順調に映画撮影は進んでいた。
 だが、当たり前の青春の裏で、当たり前ではない怪異が迫っていた。
 主人公の周りで徐々に起こる怪奇現象。謎の怪しい外国人、赤い着物の女、そして不気味な伝承……
 繰り広げられるサスペンス、妖怪との戦い、そして……!


 クリエイター仲間の谷山龍さん(ツイッターhttps://twitter.com/rudorufu227)の作品です。
 作者さんが地元を舞台にして描いた青春バトル小説。とても面白く、また何ともせつなくなる作品でした。S市は地元なので「ここはあそこか!」とわかる場所があるたびにテンションが上がりました(笑)。 妖怪ロードにとんどさん、城山、地元ネタ満載です。
 最初は主人公たちの映画作りから始まります。学校の評価も芳しくない主人公二人が、ヒロインと一緒に地元を舞台に映画を撮る……! 
 映画について素人の筆者にとって、撮影の専門用語や詳しい方法がわかりやすく描かれているのは、とても興味深かったです。
 一見、ただの青春小説のようですが、それだけでは終わりません。
 少しずつ日常に異変があらわれ……このあたりの伏線の描き方は秀逸でした。
 もう一度読み返すと、「あれはあれだったのか!」と感心します。  
 物語の進行も、唐突ではない程度に怪異が挟まれていくので読んでいて違和感はありません。
 物作りをする人に限らず、自分と他人の感性のギャップに悩んだり、自分のやりたいことが周りに受け入れられなくて躓くときはあります。主人公の孤独感は人生のどこかで誰でも感じたことのあるもので、共感できるキャラクター だと思いました。少なくとも筆者はとても感情移入しました(笑)。
 『怪獣(秘)大百科』など、途中に入るネタもマニアックで素敵です。ブラックジョークもさえています。いじめネタに出てきた「ゴルゴ」に不謹慎ながら笑ってしまいました。
 いじめ、同和問題、暴力教師、不登校……実社会におけるいろいろな問題。ナチスや天皇、ローマ法王まで絡んできてもう大変! 何が正しいかというモラルとの戦いでもありました。
  燃えあり、萌えあり。かなりの長編ではありますが、20代の若い人たちに特に読んでもらいたい小説でした。

 ※ネタバレ含む











 さてここからはネタバレありです。
 面白くて三日ほどで一気に読んでしまいました。 ただラストはハッピーエンドではないので、人によってはちょっと……と思うかもしれません。
 ヒロインは倒され、主人公も廃人に……もっと何とかならなかったのか、救われなかったのかと思いました。まあ、救われていたらお話にならないのですが……。
 黒幕はヒロインの瑠璃だったのですが、瑠璃は本当にけなげで、胸が締め付けられる思いです。最後に満足して逝けたことだけが救いです。
 ただテレサと瑠璃は明確に死亡が描かれていないので、もしかしたら生きているのかも……? なんて甘い期待を抱いています(笑)。
 瑠璃の両親が殺されなければ……叔父叔母が優しければ……いじめにあわなければ……テレサと瑠璃が出会わなければ……迅が瑠璃の気持ちにもっと早く応えていれば……迅が中二病をこじらせて「GOTH」をきどって瑠璃の背中を押さなければ……何か一つでも違ったら、結末は変わっていたかもしれません。
 瑠璃を追い込む原因の一つである主人公迅が、最後廃人になるのは罪の深さを思えば仕方がないのかもしれません。
 これほどの壮絶な体験をして得た「勝ち」が、いくらかのブロンズ像だけというのも、なんだか物悲しいです。
 
 最初のほうで、撮る映画をハッピーエンドにするかバッドエンドにするかでもめるシーン。そのときに、こういうやりとりがありました。

「じゃあ、どういう展開にするか、何でもいいから言っていってくれ」
「はい!」
 瑠璃が手を挙げる。
「やっぱり最後はハッピーエンドがいいな」
 それに対して赤夏が反論した。
「いや、怪奇系だとそれはどうかな。怪物は倒して一段落、でも実は生きていて主人公たちに襲い掛かるっていうどんでん返しの方が良いんじゃないか」
 B級映画の定番だな。
「でもあんまり後味悪いのにはしたくないなぁ」
「二人の意見は両方とも一理ある。なら、主人公陣はハッピーエンド。だが怪物は生きていて、違うところで復活してまた新たな犠牲者がって形でどうだね?」
「あ、それなら良いよ」
 主人公だけハッピーなら良いってのも何か自己中な気もするが、まあ所詮物語の中の話だからな。

 あとから思えば、まさに瑠璃の思想を象徴するようなやりとりですね。こういう伏線がいたるところにあります。「物語の中の話」で、終わっていればよかったのですが……。

 どのキャラクターも魅力的 だったのですが、特に好きなのがジョンとテレサです。ジョンはある意味、作中一番の萌えキャラだと思います(笑)。読んだら女子でなくとも納得するかと(笑)。
 テレサはかなりキャラが濃いです。愛くるしい猫なのに狂っている、でもなんだかんだ飼い主や瑠璃と仲がよさげなのがいいです。
 それから外原と高橋もよいキャラでした。彼ら妖怪の話を聞いていると、なんだか人間が悪いようにも感じてしまい、複雑な気持ちになりました。まるで人間が動物を追いやっている現代社会のような……妖怪は可哀想な面もありますね。
 後は何と言ってもポン太です。生意気なところも超可愛い!

 山淵に対する描写はあまりにもひどいんかないかと思ったのですが、まあわざとなのでしょう。主人公は基本、ダメ人間ですから。それが後半につれて変わっていく……という成長物語ですからね。倍藤先生にしようとした仕打ちも、いくらなんでもひどいですしね。ザ・真面目系クズです。正直、倍藤に「最近のガキは……」と言われても仕方がないところがあるかと(笑)。
 迅と赤夏の友情は、ほどよくドライで、リアルだなーと。実際、男の友情ってこんな感じだと思います。もちろん熱い友情もあるでしょうが、普段は基本、ドライな距離感みたいな。
 
 妖怪の描写は、既存のものとは違う個性があり、またリアルな設定でとてもよいと思いました。

 若者が読んで青春を疑似体験するか、また大人が読んで懐かしき青春を思い出すか……どちらもありだと思います。
 
 公式サイト→https://rudorufu.otogirisou.com/index.html 
 

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