『説得ゲーム』〜新ジャンル、中二病☆BBA〜
2000年発表(日本国)
著作、戸田誠二
※イメージ画
ゲーム会社に勤める主人公・尾崎の元に「説得ゲーム」というゲームが届く。
その作風は主人公が学生時代に交流のあった女性の作るゲームにそっくりだった。
制作者がその女性と確信した主人公は、女性を見つけ出し、彼女の自殺を食い止める「リアル説得ゲーム」をすることになる――。
※ネタバレ含む
戸田誠二さんのサイト・コンプレックスプールは、自分が初めて見たweb漫画のサイトです。この人のサイトのおかげで、web漫画という世界があることを知りました。
自分がweb漫画という世界を知ることになったきっかけであり、作品も大好きで人生において重要な位置にあるサイトであり、漫画家さんです。
商業で活躍するようになられたためか、サイトにあった漫画も下げられたものが多いのですが、「説得ゲーム」はその中の一つです。
「ラスト・ムービー」「アオカミ」「灰被り姫はだれだ」「一卵性出身」「アポトーシス」「NO
SEX」「殺人計画」――好きな作品はいろいろある中、どれか選んで買うなら……と思ったら、まずは「説得ゲーム」だと。
主人公は小さなゲーム会社に勤める男性・尾崎。仕事中毒で離婚し、元妻に引き取られた娘とも疎遠になりつつあります。
そんな尾崎の会社に、出所のわからない「説得ゲーム」というゲームが届いたところから物語が始まります。
「自殺するOL」を説得するという内容なのですが、ここでのやりとりが素敵です。
「…甘いんだよあんたは――そんなことは全員(みんな)知っているんだ」
「認めるならちゃんと言ってくださいよ。生きるための理由はあっても、生きてることに理由なんかないんでしょ?」
「ないよ」
OLの中二病的発言を肯定する方向で説得しようとする尾崎に、酸いも甘いもかみ分けた大人の余裕を感じます。
まあ結局、この方法では自殺を止められなかったのですが。
会社の若手と休日を利用して「探偵ゲーム」(笑)をして制作者の場所を突き止めます。
その相手は尾崎の高校時代の女友達で、自作のゲームを交換して切磋琢磨する同志でした。
主人公・尾崎とヒロイン(?)にあたるこの女性の微妙な関係が好きです。
主人公の柔和だけど芯が通っている感じと、女性のクールビューティなのに中二病かまってちゃんところがイイ。特に女性に萌える。いい年して中二病だけども。だけども。
とても好きなキャラクターです。主人公もいいキャラ、というか今、こうして読み返すとその懐の深さに感銘を受けます。
ヒロインは学生時代から中二病をこじらせています。
尾崎と仲良くしている(多分、尾崎に気がある)ギャルに対して、
「なんでああいう人たちと付き合ってるの? 恋愛とファッションのことしか考えてないでしょ。そのくせ本当に好きな人には告白もできないんだわ」
「……かわいいじゃない」(尾崎)
「『頭悪い』でしょ?」
とか言っちゃう人です。
でもこれ、多分、「本当に好きな人には告白もできないんだわ」は彼女自身にもかかっていて(本人に自覚はないけど)、それを受けての「かわいいじゃない」だと思うんです。
彼女の屈折具合と彼の包容力が感じられて非常に好きなシーンです。
尾崎のこと、ずっと好きだったんでしょうね彼女。
だって、自殺する前にわざわざ自作ゲームをばらまいて、尾崎を釣りに来るわけです。卒業して何年も過ぎて、お互いおじさんおばさんになる年齢まで連絡も取り合っていなかったのに。死ぬ前に一目会いたい、というか、「私が死ぬと言ったら彼はどんな反応するのかな」的な。
究極のかまってちゃんですね。
仕事にも家庭にも頼らない純粋な生きる理由が見つかるか試してみたというヒロイン。
「……で?」
「なかったわ。みんな頭いいわね」
主人公が結婚して子供ができて離婚してそれなりに人生を歩んできた中で、いつまでも学生時代の中二病のまま成長していないヒロインに萌えます。それに付き合ってあげる主人公がイイ男です。まあ彼も創作廃人で家庭崩壊してしまうくらいにはネジが飛んでいますが(笑)。
近々死ぬというヒロインの自殺を阻止するために、彼女の部屋に住みこんで監視する尾崎。
今の会社を辞めて、二人で会社を興したっていいと。
尾崎の説得を受けて自殺を撤回するヒロイン。「約束だぞ。毎日電話するからな」と言って去る尾崎を見送る後ろ姿の小ささとか幼さが、なんとも言えません。このコマはとても好きです。
一段落……と見せかけて、やっぱり自殺を図るヒロイン!! 本当にしょーもない!
何とか未遂で済んだものの、ずっと余裕ある態度だった尾崎が、「……よかった」と言って泣く姿が印象的です。
自殺というテーマを扱っていながら、前向きで優しい作品だと思います。
ヒロインの窓口をしている男のこと(尾崎のたった一言でキャラクター性に深みが出る)とか、読者目線の役割をしている若手とか、ほかにも見どころがあります。
戸田さんは作風もですが絵や表現も好きで、特に表情の描き方が好きです。
「説得ゲーム」(82p)
こういう顔が好き。
しかし……こうやって言葉にした途端軽くなるというか……この作品の温度とか、感動とか、実際に読んでみないと伝わらないかなと思いました。そういうすごく繊細な漫画です。
「説得ゲーム」の本にはほかにも一話完結の作品が複数載っています。
中でも『キオリ』にある台詞が印象的なので、表題とは別作品ですが引用させてください。
「…たぶん脳だけじゃダメです」
「たぶん自分の目で見て自分の手で触らないと…飛びおりる前も生きてる感じはしませんでしたが…そんなもんじゃない」
デジタルに傾きがちになっている今の自分の胸にグサリときました(笑)。
自分の目で見て自分の手で触る……大切なことを思い出させてくれる台詞でした。
冒頭に書いた通り、私が戸田誠二さんに出会ったのは「コンプレックスプール」というサイトを通してです。
サイト名の通り、精神に切り込んでくるような作風をしています。『一卵性出身』の母親が双子に心境を語るシーンとか私的には一番キた。
自分がドロドロの精神状態だった10代の頃にドはまりしていたので、今、改めて見てみるとむずがゆいような感覚もあります(笑)。
そう思えるようになったということは私の魂は救われたということでしょう。
あの頃の自分のような心の人みんなに薦めたい漫画家さん。そしてまた十年後に読み返してほしい。きっと大丈夫になっているから。いつか必ずその感情を、懐かしく、くだらなく、いとおしく思えるときがくるから。
こなくても……保証はしません(笑)。
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